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観比べ『模倣の人生』(1934)『悲しみは空の彼方に』(59)

Facebook 内に 2022/ 8/ 7 に投稿した記事に手を加えたものです。

模倣の人生』(ジョン・M・スタール監督)と『悲しみは空の彼方に』(ダグラス・サーク監督)を観比べる。
いずれもファニー・ハーストの小説 "Imitation Of Life" の映画化で、後者はリメイクということになる。原題は同じで「模倣の人生」は直訳のつもりだろうけど頂けない。せめて「人生の縮図」「かりそめの人生」とかにすべきではないか。

共通するのは、主人公である野心家の未亡人と幼い娘、彼女らとふとしたきっかけで同居することになった黒人女性とその娘という二組の母娘の十数年にわたるドラマを描いていること。
その間に主人公は貧しさを脱して出世街道を邁進する。黒人女性も共に幸せになるはずだったのだが、その娘が見た目がまるで白人なだけに、自分の人種を忌み嫌い、母親を避けるようになってしまう。
そんな悲劇の一方で、主人公は再婚を夢見るようになるが、相手の彼氏を、娘が-思春期の憧れではあるが-男として好きになってしまう。
やがて黒人女性は心痛から身体をこわし、涙を絞る展開に…。人種問題を重ねた「社会派メロドラマ」と言えそうな物語だ。

2作の筋書き上の最も大きな違いは主人公が成り上がる方法で、『模倣』では実業家としての起業だが、『悲しみ』は舞台女優だ。
これは役者の持ち味の違いが主因だろう。前者のクローデッド・コルベールは溌溂とした親しみやすい美人だが、後者は大人の色気ただようラナ・ターナーだ(※注1)。
また前者では行動力と口のうまさで調子良く成功していくのを非現実的ながらコメディっぽい味(脚本にはプレストン・スタージェスも関わっているらしい)で見せるのに対し、後者は-基本は夢物語とはいえ-作り手たちも知ってる芸能界の裏側を見せることで、生々しい説得力を狙ったともいえよう。実際、最近問題になっているような枕営業をちらつかせるセクハラ野郎も出てきたりする。主人公の女優としての野心やプライドの持ち方にも、「(脚本家や監督は)確かにこういう人物を知ってて描いてるんだろうな」という気がする。(※注2)

演出面でもサークの方が生々しく、激しい。
スタールが-前進移動も効果的に使うとはいえ-基本、役者から距離をおいて横位置で狙い、要所でアップを挟む…というサイレント映画の流れをくむ典型的なハリウッド職人監督の撮り方なのに対し、サークの人物たちは凝ったセットの中で何かあれば動き、その動きに他の人物が触発される緊張感を持続させてドラマ性を高める。カメラもよく動き、ときには力強く寄ったまま芝居を見せていく。
『悲しみ』にだけ出てくる黒人女性がナイトクラブのダンサーとなった娘に最後の面会に行くシーンの強烈さは、『模倣』には求め得ないものだ。活劇性とそれに伴う感情の熱量がまるで違う。
だが、スタールはスタールで良くて、節度あるスタイルは上品で美しいし、抑制が逆にポイントを強調するのはみごとだ。映画演出の基礎的な手本となりやすいのは、スタールかも知れない。
スタール版を観てこそサーク版の大胆さも、より分かってくるだろう。監督志望に限らずこれから映画作りに関わろうというひとが、この二作を観比べるのはかなり有意義なので、大いに勧めたい。まずは、両方に出てくる黒人女性が小学校に雨具を届けるシーンを、比べてみて欲しい。

役者は双方とも主役を含め全ていいが、『模倣』の娘ふたりの良さを強調しておこう。
主人公の娘を演じるロシェル・ハドソンは実に愛らしく、カメラも彼女が登場するとイキイキしてくる。翌年にはヘンリー・キング監督版の『東への道』(※注3)でヒロインを演じた(ただしロシェル自身は『模倣』の方が良い)。
黒人女性の娘役のフレディ・ワシントンは、本当に色白の黒人。どこか不吉な雰囲気が漂う表情が強烈な印象を残す。実生活では役柄とは異なり、黒人俳優組合のリーダーとなるなど、黒人の権利向上や文化活動を助けるために活動したひとだった。また、エリントン楽団の素晴らしい美音トロンボーン奏者、ローレンス・ブラウンと結婚していた時期もあった。
そうそう、音楽ネタならひとつ書き損じちゃいけないことが。『悲しみ』の最後に、マヘリア・ジャックソンが歌声を聴かせる。これは鳥肌モノですよ。(※注4)

注1:当時、ラナ・ターナーは前年(1958)の大事件でキャリアの曲がり角にいた。娘のシェリル・クレインが、ラナの愛人のギャング、ジョニー・ストンパナートを刺殺したのだ。クレインの行為は母を守るためとして無罪とされたが、こうしたスキャンダルからの復帰作が "娘を持つ女優役" というのは生々しく、注目を集めたことだろう。

注2:もちろん貧しい環境からスター女優にのし上がったラナ・ターナー自身も、ヒロイン像を作る上で大いに参考にされたと思われる。

注3:D.W.グリフィス監督の大傑作『東への道』(20)のリメイクで、オリジナル版のヒロインはリリアン・ギッシュが演じている。

注4:IMDb の記事によると、マヘリアが "Trouble of the World" を歌うシーンの撮影時、ラナ・ターナーは大いにうろたえ、号泣して彼女の(控室である)トレーラーに籠もってしまったという。メイク係の女性が平手打ちして我に返らせ、戻らせたとのことだが、当時のラナはまだ精神的に大いに傷ついていたのだろう。

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模倣の人生(字幕版)