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『イヴの総て』(1950)の巧さ

Facebook に 2018/ 6/10 に投稿した記事に手を加えたものです。

大昔に録画しておいた『イヴの総て』を観る。
似たタイトルのドラマなどもあるようだが、これはアカデミー賞6冠に輝くジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の古典的名作。演劇界を舞台に、大女優の付き人となった若い女性 "イヴ" が、献身的なふるまいの奥に隠された野心を燃やして、のし上がっていくまでを描く。
ドラマを動かすキーパースンに劇作家の妻がいるのだが。知的で良心的なはずの彼女がイヴの思いのままに動いてしまうのが本当に愚かで、作劇上許されるギリギリの線だと思った。その線を超えないために、彼女をイヴの発見者役にしたり、密かな劣等感を匂わせたり、いろいろやってる。
特に劣等感の面でキチンと背景を作ってるはずなんだけど、それはほとんど表に出ない。イヴ対大女優の話に重点を置くため切り捨てたのか、言い訳臭くなると思ったのか分からないけど(恐らくその両方)、この潔さは巧さでもある。合理的な巧さとでも言うのか。
巧いと言えば、最初の方で大女優の楽屋を訪れたイヴが身の上話をしてたちまち皆が引き込まれるところ、直前にセルマ・リッターの付き人が入ってきて場の空気を壊すのを、引き金にしてる。ここでたっぷり間をおくのが凄い。ザ・演出だわ。

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イヴの総て(字幕版)


イヴの総て(吹替版)