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私的バーバラ・スタンウィック祭り

Facebook に 2020/ 8/28 に投稿した記事に手を加えたものです。

"ミッシー" の愛称で知られるバーバラ・スタンウィックは、最愛の映画の一本である『レディ・イヴ』(1941)で大好きだったんだけど、『大平原』(39)を観たらまた良くって、『ゴールデン・ボーイ』(39)『深夜の告白』(44)と続けざまに観てしまった。ミニミニ・バーバラ・スタンウィック祭り。

『大平原』は快活な庶民の娘の役で、こういうのがこのひとの出発点なんだろうな-と。走行中の列車の石炭の山にすっくと立ち、笑顔で機関士の父親を呼ぶ。いかにも元気。でも、賭博場の喧嘩で撃たれた男が死ぬときには、彼のために書かれてもいない手紙を-勧進帳で-読んでやり、聖母の顔となる。この過剰に劇的な感じ、サイレント映画的で、やはりセシル・B・デミル監督は創成期からのベテランなんだなあと痛感する。列車の中の演出もうまいし、最高の見せ場となる-いまではポリコレ的に問題ありそうな-インディアンの襲撃は、派手な仕掛けで圧倒する。とにかくサービス、サービスで見せ場を繰り出す作り方は、最近のアメリカ娯楽映画に近い。

ゴールデン・ボーイ』はウィリアム・ホールデンのデビュー作。後年の彼から想像もつかない若造ぶりで、驚かされる。ボクシング映画の一種だが、主人公には音楽の才能もあり、ふたつの道の間で引き裂かれるという趣向が珍しい。監督はルーベン・マムーリアン。このひとは『絹の靴下』(57)が好きなんだけど、この映画では自由に流れるようなカメラワークが素晴らしい。手持ちカメラやステディカムの時代に活動してたら、また違った面を見せてくれたかも。バーバラの役はドラマの流れの中で、ふたりの男の間で迷うだけでなく、ホールデンにもボクシングで行くか音楽で行くかの意見が変わり、落ち着かない。普通は観ていて感情移入しにくい役だけど、彼女がやれば「ああ、こんな風に揺れ動かざるを得ない苦労があったんだろうなあ」と思わせられる。演技力で、難しい設定を乗り切ってる感じがする。ちなみに1982年にバーバラがアカデミー名誉賞を授与されたスピーチで、前年に亡くなったホールデンに「マイ・ゴールデン・ボーイ」と呼びかけるのが感動的なので、興味のある方は YouTube で探してみて下さい。

『深夜の告白』はジェームズ・M・ケインの原作を監督のビリー・ワイルダーレイモンド・チャンドラーが共同で脚色するという豪華な布陣。ここでのバーバラの役回りは典型的なファム・ファタールで、主人公の保険外交員の男を取り込んで夫の保険金殺人を実行させる。登場人物が悪魔の意思に自然に染まっていくような展開で、「普通に考えたらあり得ないんだけど何となく納得させられる感じ」が実にチャンドラー的なのだ。お分かり頂けるだろうか。んで、バーバラは悪役を割と「ノッて」演じていて、そこは観ていて「楽しい」とまで思う。ただ、世間ではバーバラ・スタンウィックというとこの映画みたいに言われがちだが、ウィッグによる作り込みが印象的で、彼女としては異色の方だと思うが、どうだろうか。

美しく活力に満ち、演技も抜群のミッシーは間違いなくハリウッド映画史を代表する女優のひとり。長いキャリアでまだまだ観るべき映画がたくさんある。しかも、50歳を過ぎてテレビに活躍の場を移してからの『バーバラ・スタンウィック・ショー』(60-61)ってのが、また素晴らしいのだ。その苦難に満ちた生い立ちや仕事仲間に愛された人間性なども興味深いのだが、それらは他のひとがネット記事にしているので譲ろう。願わくば、日本語の伝記本が出版されんことを。

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大平原(字幕版)


ゴールデン・ボーイ(字幕版)


深夜の告白(字幕版)