鑑賞録やその他の記事

『すずめの戸締まり』(2022)に脱帽

Facebook 内に 2022/11/22 に投稿した記事をベースにしてますが、ほぼ書き下ろしです。

新海誠監督作品『すずめの戸締まり』。
自分は『君の名は。』(16)は火口のシーンなどが気恥ずかしくてどうにも苦手だったのだが、本作は評判もいいので観に行ってみた。するとこれが何ともみごとに「やってのけた」作品で参ってしまった。
宮崎県の海の見える町に叔母と暮らす女子高生すずめは、ある朝、登校中に旅の青年に近くの廃墟の場所を訊かれる。気になって後から自分も行ってみたら、朽ちたドーム内の一面に張った水の中に立つ扉が。足を浸し、近寄って開けてみようとする。そのことがやがて、日本各地の災害を封じて回る旅へとつながっていく…。
猫を先頭に、動く椅子、そしてすずめがそれぞれを追って駆け出す(※注)シーンの躍動感と美しさに、「おお!」と思う間もなく、絶妙な映画的呼吸ですずめと椅子のコンビのロード・ムーヴィーの幕が開く。猫を追い、災害を防ぎ、また猫を追い…という不断のミッションが継続しつつ、移動を続けるのだが。各地で風景と人に出会いながらの成長譚の語り口には、せわしなくゲーム的に連鎖する感じがない。それどころか、旅と共にどんどん「映画が大きくなっていく」ような、豊かな気分にさせられる。そんな中で遊園地のシーンに、実写でも滅多にない充実したアクション演出まで見せてしまうのだから驚きだ。
もちろん旅の終わりには-詳述は避けるが-手応え充分な大もりあがりと、感動シーンが用意されている。後者に関しては、そのシーンだけ思いついたら映画はできそうに感じる作り手も多かろう。だがそうではないのだ。それまでの主人公の成長譚の決着としての自己肯定が生む感動だから、あれやこれやあったロード・ムーヴィーのゴールとして描き切る努力と腕力が必要なのである。それをこの映画は、熱血過剰にならず、ある品格を持って達成してしまっているのだ。
品格と言えば、ひとつ驚くべき事実を記しておいた方がいいだろう。すずめは旅の途中で「人生の先達たる子持ちの頼りがいのあるスナックのママ」という、うわ、これ、どう考えても地雷でしょ、作為的になるでしょ、ヘタすりゃ男が頭の中だけでこさえた「人生姉ちゃん」になっちゃうでしょ…という人物に出会うのだが、凄いことには、全く自然で嫌味がなく、震災などで傷ついて欲しくない生活者となっているのだ。これを成し遂げた新海誠監督は、少なくともこの点でだけは宮崎駿監督を超えている。だいたいこの映画、主人公の叔母のタマキを含め、「大人」がしっかり描けている。この点だけでも、『君の名は。』より明らかに作家の成長が感じられる。
他にも演出的には、派手なシーンばかりではなく、御茶ノ水の駅前でセリザワの車にすずめとタマキが乗ってしまうのを引き画面でユーモラスに見せたのに感心した。そんな部分を含め、映画を観る楽しみに溢れている。しかも、2時間少々、しっかりと「長い」。退屈という意味ではなく、2時間なりの充実を演出者として提供してくれている感じがある。物語的にも正当化された長さとして。だから、本当に充実した映画体験だった。

注:このシーンなどに見られるすずめの両手両足を前後に大きく振るダイナミックな走り方が気持ち良い。他のシーンでもなかなか身体能力に優れた少女として描かれており、そのことが映画に快活さをもたらしている。立入禁止のバリケードをひょいと飛び越す脚のカットなど、爽快だ。