鑑賞録やその他の記事

ミッシーの未公開作『たなざらし(Shopworn)』(1932)

Facebook に 2021/12/2 に投稿した記事に手を加えたものです。

ok.ru(※注1)で "Shopworn"(1932)というタイトルも知らなかった "ミッシー" ことバーバラ・スタンウィックの作品を発見。日本語に直訳すると、『たなざらし』ってところか。
監督はニック・グラインドって正直、名前も聞いたことなかったのだが。後年、ボリス・カーロフで撮った『死者の復讐/狂気の生体実験』(39)『冷凍人間蘇える』(40)などは、評価されているらしい。まあ、言葉の真の意味で "B級"(※注2)の世界で活躍したひとで、IMDb での紹介文には "who made the "B" pictures that everybody enjoyed at a Saturday matinée, but whose name no one would recognize." と書かれている。知ってる方が珍しいのか。
しかしこの『たなざらし』、冒頭のヒロインの父親がダイナマイト工事の事故に倒れるシーンは、(ストックフィルム(※注3)活用じゃないのなら)仕掛けの大きさに驚かされるし、駆けつけるミッシーの橋の上の走りを真横からロングで撮ったのも鮮やかで、ひょっとしてこりゃ、凄い監督かもと思ってしまう。
だがしばらく観ていると、室内の芝居などは人物を充分動かしきれてない感じで、「冒頭だけか」とも思ってしまうのだが。たまにちょっとした工夫は見せてくれるので、才気もやる気もないわけではないと思う。
少なくとも自堕落ではないし、なんとかテンポ感を捕まえようとしてるところもある。後年のボリス・カーロフものでは、さらに冴えたところを見せてくれるのだろうか。知らない監督だけに、却って気になる。
ストーリーは、父を亡くした主人公が、貧困の中、ウェイトレスとして働くうちに、金持ちの御曹司と恋に落ちるが、彼の母の大反対と策略で投獄の憂き目にあい、出所後ショーガールとして大出世して、再び彼と会い、結ばれる…というもの。他愛ないと言えば他愛ないのだが、孤児からショーガールとして注目され、スターになったミッシーの実人生と重なる話だ。また、御曹司との恋というネタは、後の代表作の1本『ステラ・ダラス』(37)と同様である。
とはいえこの映画、肝心のショーガールになってからが、あまりといえばあまりに駆け足過ぎる。「大胆な省略」というより完全に「必要なものが無い」という感じだ。低予算ゆえかなとも思ったが、実は初公開当時もその後の(ヘイズ・コード(※注4)ができてからの)公開でも、めちゃくちゃカットされたらしい。現行では70分もないのだが、B級というより不幸な経緯ゆえに思える。
とはいえ若き日のミッシーはやはり魅力的だし、後の名匠ジョセフ・ウォーカー(※注5)の撮影はなかなかいい。名作とは言えないが、なんか気になる映画ではあった。

注1:貴重な動画が山のようにアップロードされている SNS。だがロシアのサイトなので、ウクライナ侵攻以降、筆者はすっかり行く気を無くしてしまった。

注2:「B級映画」とは本来、ハリウッド映画で1930年代に確立した2本立て興行の「添え物」の低予算映画を指す言葉である。単に低予算映画とか、通俗映画、あるいはダメな映画を漠然と意味するものではなかった。興行の制度に応じて量産されたある種の映画のことで、後に「B級映画の王者」と呼ばれたロジャー・コーマン監督は、自伝に「わたしが監督を始めたころには、B級映画は消滅していた」と書き、そのように言われることへの違和感を表明している。コーマンの監督デビューは、1955年だ。また蓮實重彦著「ハリウッド映画史講義」では、こうした本来の「B級映画」の定義や有り様について詳しく述べられている。
ちなみに筆者自身は、「B級映画」という言葉を使うにあたって、このような厳密な意味に従わなくてもいいのではないかと、思う。安っぽい、通俗的な映画を漠然と指しても、それはそれで、いまの時代なりの言葉の使い方なんだから、いいんじゃないだろうか。ただし、せめて-「アメリカ映画にしては」という条件つきでいいから-低予算映画に対して使って欲しいなあ…とは、思う。『バトルシップ』(2012)あたりをB級映画と呼ぶのは、違和感を感じるなあ。たとえそれが愛情の証しでもね。

注3:ある映画の見せ場などのために撮られたフィルムで、他の映画の予算節約のために再利用されるもののこと。もちろん上記のB級映画で大いに活用されたわけだが、意外にメイン作品でも使われたことはあるのだ。

注4:性・暴力、その他、社会的に物議を醸しそうな要素に対して、ハリウッド内で自主規制のために作られたガイドライン。1934年から実施されたので、本来『たなざらし』は規制以前の映画であった。なお、このガイドラインが効力を発揮したのはせいぜい60年代中期ぐらいまでと言っていいだろう。

注5:本作より2年後の『或る夜の出来事』(34)など、フランク・キャプラ監督との名コンビで知られる。ハワード・ホークス監督作品も『ヒズ・ガール・フライデー』(40)などを手掛けた。

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