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傑作サスペンス小説の映画化『幻の女』(1944)

Facebook に 2019/12/24 に投稿した記事に手を加えたものです。

DVDでロバート・シオドマク監督作『幻の女』。

40年代のハリウッド製フィルム・ノワールの1本で、タイトルで分かるひともいようが、アイリッシュの有名小説の映画化だ。いわゆる冤罪サスペンスで、妻殺しの嫌疑をかけられた建築士のアリバイを証明するはずの女の痕跡が全く消え去ってしまう謎を、彼の女性秘書が追うというもの。この秘書役のエラ・レインズがえらく美しく撮られている。美しさのあまりどこか不吉なところが、何ともノワール向き。
冒頭の建築士が幻の女にめぐり会うくだりのあと、帰宅すると3人の刑事が待ち構えている。ここで初めて妻が殺されたことを知るのだが、刑事たちの言葉と視線によって追い詰められていく感じが実にいい。端正な白黒画面のセット撮影で人物を動かすことを熟知したシオドマク演出に、ゾクゾクする。そして妻の死体は-検死課によって運び出されていくときさえ-画面に映らず、建築士の反応によってのみ示される。
この「見せない」ことによって雰囲気を盛り上げる手法は、建築士の裁判シーン、秘密を握ってるはずのバーテンが交通事故死するシーンで繰り返され、サスペンス映画ならではの「語り」に魅了される。無駄を排したというよりも、排されすぎることによるギリギリの切迫感が凄い。
建築士と「幻の女」が一緒だったことを知ってるはずの好色なドラマーに、秘書が色っぽく迫って謎を聞き出そうとする。このドラマー役が、嬉しやクセのある小物を演じて右に出る者なしのエリシャ・クック・ジュニア。『マルタの鷹』(41)『三つ数えろ』(46)などでノワール界で有名だが、「『シェーン』(53)のジャック・パランスに殺されるヤツ」といえば顔の浮かぶひとも多かろう。ドラマーが秘書を連れて行く小部屋のジャム・セッションの異様な熱狂感から、さて彼の運命は…というあたりは本篇の白眉だ。『シェーン』といい、最重要な役でもないのにいちばんいいところに絡んでしまうのは、実に「持っている」役者だと思わせる。
その後の展開はドラマーのくだりに比べてややストーリーの段取り運びな感じになるが、幻の女をつきとめるところから、クライマックスまでは盛り返して、真犯人の変質者モノとして充実してくる。個人的にはアイリッシュの原作(つっても、大昔に読んだのでほとんど忘れたが)だけじゃなく、殺人鬼モノの名作短編小説『オッタモール氏の手』も思い出した。締めくくりのハッピーエンドもなかなか洒落ている。
ちなみにテーマ曲は、スタンダード・ナンバー「I Remember April」だった。エロール・ガーナーの「コンサート・バイ・ザ・シー」で有名なやつ。

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幻の女(字幕版)