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増村保造のミステリ活劇『闇を横切れ』(1959)

Facebook の 2018/10/30 の投稿に手を加えたものです。

文芸坐で未見だった増村保造監督作品『闇を横切れ』。デビューの翌々年、59年の作品ながら11本目という驚異のハイペース。
マッギヴァーンの作品に想を得たというミステリーで、翌年から石井輝男が『地帯』シリーズを撮り始めることなど考えると、当時の若いプログラムピクチャー作家にとってハヤカワ・ポケット・ミステリ的なものは創造の泉だったのだろう。冒頭のストリッパー殺しから、新聞記者が行動力で手がかりを追い求め、玉突きゲームのように真相解明に突き進む感じは、確かにハードボイルド以後の海外ミステリの味わいだ。
そんな中で聞き込みを重ね、相手に迫る若き記者役の川口浩は活き活きと喋り、動き回る。いや、川口に限らずこの映画では、人物は相手の背中から声を浴びせていたかと思えば、くるりと回って正面から訴えるなど、喋っている最中も動きを止めない。目を見たり逸したりするのも、全身で表現し続ける。例えば、川口が監察医を問い詰めるシーンを見よ。狭いセットで、会話が見事に活劇を導いている。川口とヒロイン叶順子は、追って、逃げて、ぶつかって、離れて…を繰り返した末に、求め合い、畳の上で抱き合う。それでも動き、話し続ける。このラブシーン、ともに衣装がくすんだ緑なのもあって、強烈な印象を残す。本作での叶順子は、拗ねたような佇まいがとても魅力的だ。
ただし全体には、あまりにも多くの要素を盛り込んで、ハイテンションで話をつないでいるのが、かえってシャープなまとまりを欠いているような気もする。当時、この映画で初めて増村に触れて、「凄いけどもっと傑作の撮れる監督」と感じたひともいたのではないだろうか。それでも先に書いた通りの活劇味溢れる人間の絡み、ゴミ溜めの街の描写の魅力、川口と山村聡の師弟関係の妙味、記者たちが汗を流す新聞社内の活力など、目を離せない要素だらけだ。いわゆる劇伴を廃し、口笛(ラ・マルセイエーズ!)や状況音的な音楽のみを使っているのも野心的だし。ラスト近くの殺しが重なる舗道シーンは、「これがミステリー映画だ!」という気概が伝わる。
風俗的に興味深い点がいくつか。賄賂を「山吹色」と言っている。これは『河内山宗俊』(36)にも出てくるように小判の色を指しているのだが、そんな江戸時代の表現が当時も残っていたというより、『河内山』のもとの歌舞伎『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)』から来ていると見て良いのでは。つまり、当時はまだ歌舞伎の有名狂言のセリフが、巷の基礎教養として生きていたのではないかと。あと、叶の踊るストリップ劇場が、いかにも映画館に花道をつけたようなものだった。記憶では、こうした映画館でのストリップ興行は、70年代ぐらいまで残っていたはずだ。還暦以上のひとなら、「映画とストリップの〇〇館」というようなポスターに覚えがあるのでは。ロジャー・コーマンの低予算映画などは、ストリップとともに楽しまれていたのだ。