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西河克己監督の充実作『四つの恋の物語』(1965)

Facebook の 2019/11/11 の投稿に手を加えたものです。

新文芸坐芦川いづみ映画祭で二本。

井田深監督作『青春を返せ』(1963)は、この監督の中でも評価の高い一本で、かなりシリアスな力作。長門裕之演じる兄の冤罪を晴らすため、妹がそれこそ身を削って真相究明するというもので、とにかく大熱演だ。
絶対にいい映画にしてやるという作りての熱意は、痛いほど伝わる。でもそんな中で芦田伸介がこのひと特有のいかがわしさを漂わせてると、ちょっとホっとしたりするんだな。後のいづみの旦那の藤竜也が重要な役で出演。

しかしそれより、なんといっても圧倒されたのが『四つの恋の物語』で、ノッてるときの西河克己監督の技量たるや物凄い。上から順にいづみ・十朱幸代・吉永小百合和泉雅子の四姉妹モノで、主演はまだ若い頃の小百合だが、四人それぞれに(父親役の笠智衆を含めて)芝居のしどころがあり、ホームドラマとしての群像劇が充分すぎるほど楽しめる。
冒頭のテキパキと気持ちいい人物紹介が終わると、十朱が恋人(またも藤竜也)に車で自宅マンションまで送られてきて、その様子を垣間見た小百合が、姉のオノロケ仕草を悪戯っぽく真似してみせる。ここがまあ、カッティングといい、小百合の可愛さといい見事なもので、完全にノせられてしまう。その後、定年退職となった父を囲んでの夕食シーンで、かしましい次女三女四女が右側でスリーショットで捉えられるのに対し、落ちついた長女いづみは左側で単独アップと、家庭内で他3人の母親代わりの構図が鮮やかに示される。
こんな風に良いところだらけの映画で、中でも唸ったのが、十朱が彼女を抱きたい藤にレストランに連れて行かれるところ。二人が席につくと、近くに座っていたカップルが裏口から出ていく。このすぐ裏はホテルということで有名な穴場レストランらしい。不安になり決意のつかない十朱に、さらなる驚きが待っている。裏口のガラスドア越しに初老の男と姉、いづみ。どうやら健全な関係ではなさそう。いづみは十朱に気づかず、男とすりガラス越しのカウンター席(美術は木村威夫)に座る。この一連の緊張感は、十朱が藤に送られての気まずい別れから、マンションのエレベーターにいづみと同乗するまで継続する。後で分かるのだがいづみの相手には妻子があり、彼女もそれを承知で付き合っているのだ。西河監督の大船仕込みのメロドラマ的サスペンス演出が冴えに冴える。
いづみは結婚に失敗した出戻りで、小百合が結婚相手としては絶好の良家の息子に言い寄られているのに、浜田光夫演じる幼馴染に心傾いていくのが心配でならない。人は良いが頼りない浜田の人間像に、自分の別れた旦那を見てしまっているからだ。それゆえ小百合を諭そうとする窓際での印象的なシーンのあと、浜田が勤め先の工員に襲われ、大怪我をして入院という知らせが来る(ちなみに浜田の入院は別の理由で二回あり、これはちょっと作劇的には疑問がある)。私がついていてあげなきゃ!と、飛び出そうとする小百合をいづみが止め、喧嘩になり、ついにいづみはビンタする。この一連が部屋出入口の狭い空間で、女と女が立ったまま向かい合って行われるのが実に効果的だ。狭さを狭さとして捉え、緊張を爆発させる演出が凄い。そして向かい合ったふたりのカットに、不意に笠が割って入り、小百合にコートを着せてやるのだ!
もちろん基本は快活な青春ドラマだから、サスペンスや不協和音ばかりではない。和泉雅子がグライダーに魅せられるシーンの、見上げる彼女をアップで捉えたままカメラがぐるりと回るショットの瑞々しさは感動的だし、笠と横山道代(現・通乃)演じるホステスのエピソードは充分におかしい。横山は登場するなりあれやこれやと笠に迫り、ズルい女をイキイキと演じている。ラストの爽やかな締め方も見事だ。
小道具(花束やリンゴ)、乗り物(自動車やグライダー)、場所(サーキット地下のトンネルやエレベーター)などの使い方も、いちいち勉強になる。こういうプロの分かりやすい巧い映画は、やっぱり観ておくべきだなあ。

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四つの恋の物語