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フリッツ・ラングの人情喜劇『真人間』(1938)

Facebook の 2021/6/26 の投稿に手を加えたものです。

真人間』(38)をDVDで。
フリッツ・ラング監督の渡米後三作目で、珍しくフランク・キャプラ的ともいえる題材の人情喜劇。篤志家の社長(ハリー・ケリー!)が元犯罪者たちを店員に雇ったデパートでの恋物語とサスペンス。親しみやすい娯楽映画に仕上がっていて、特に後半は、店が犯罪の的になって社長の善意は踏みにじられてしまうのか…という興味で目を離せなくなる。
主役のカップル、シルヴィア・シドニージョージ・ラフトの顔が無言のシーンでもいちいち雄弁なのが、充実感で画面を満たす。グレイハウンドバスで別れると思いきやラフトが降りるアクションの鮮やかさ、二人して深夜のシルヴィアのアパートに帰ってくる闇の演出など、溜息が出るばかりだ。
また、元犯罪者たちが円卓で次々と言葉を交わしながら刑務所の日々を回想するシーンの面白さは強烈だし、下層社会を戯画化して芝居的に組み立てるセンスは実にラングっぽい。ただし観た後にラングのインタビュー本で確認すると、ここはもっと良くなったはずと悔しい思いをしたようだ。それだけ入魂だったんだろう。
もひとつラング的なところを指摘しておくと、仮釈放許可証という一枚の紙切れが人物の運命を左右すること。社会派的であり、運命劇的でもある。
シルヴィアはこれでラング映画3作目だが、前2作(※注1)の悲劇的な佇まいに比べて活発さが魅力的。華奢な立ち姿から漂う独特の雰囲気は、他の女優にはないものだ。犯罪は割に合わないことをレクチャーするシーンは、役者としての立派な見せ場。
彼女の過去の罪が最後まで不明な点(※注2)など納得しかねるところもあるが、かなり手応えのある傑作だった。

注1:『激怒』(36)および『暗黒街の弾痕』(37)。2作とも大傑作だが、特に民衆が暴走する私刑(リンチ)問題を扱った『激怒』は、ネットでの炎上や人権侵害が問題になる今日こそ、観られるべき映画だと思う。

注2:売春罪など性的なものなので敢えて触れてないのかな-とも思った。