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ドン・シーゲルの腕が冴える『殺人捜査線』(1958)

書き下ろしです。

菊川のミニシアター、Stranger のドン・シーゲル監督特集で『殺人捜査線』(58)を観る。

冒頭の港でのタクシー暴走の激しいアクションから、警察の捜査で、海外から帰国した一般人の荷物に麻薬入りの土産品を潜ませて回収する(つまり、一般人を無自覚な「運び屋」にしてしまう)犯罪組織の奇策が明らかになってくる。そこまで来てやっと悪の主役登場。組織に雇われた犯罪のプロの通称 "ダンサー" が、現場での指揮役 "ジュリアン" と共に、無自覚な3組の「運び屋」たちに接触しては麻薬を回収する仕事を描いていく。

始まってしばらくは要所要所でカメラの寄り引きを駆使しながらも、人物たちの動きを客観的に描写する。そしてダンサーたちの回収仕事が始まるや、ヌッとした生々しいアップを多用して迫力を出す。鮮やかな演出タッチの切り替えだ。仕事の内容(「運び屋」が誰か、何時までに回収してどこに持ち込むか)を伝える役の男に港で会うときに、車を大きく回して距離をおいて停め、相手を確認してから近づいていくのなど、プロのギャングの慎重な段取りをスリリングに見せ、シビれる。これぞフィルム・ノワール

追う警察、追われる悪党のそれぞれが二人組というのも、ひとつの味になっている。その上で、個性豊かに見せるのは悪の二人組の方。ダンサーは最初の2組の「運び屋」との交渉で、問題が起きれば殺すのに何のためらいも見せないし。ジュリアンもジュリアンで、殺された者の最後の言葉をダンサーから聞くのを楽しみにする悪趣味ぶり。念入りに肉付けされた "悪" が、観客に「こいつらヤバイ」と思わせつつ、だからこそ目を離させない。殺しの場面の視覚的な趣向も見事だ。そしていよいよ3組目の、「このひとたちこそ殺しちゃダメだろ」と思わせる若き母と幼い娘に迫っていく。

この母娘に接触する水族館のシーン、ダンサーの口八丁で母を信頼させてしまう巧みさに、ぞっとする。一方でジュリアンは娘に構うという知能的な役割分担も、今まさに犯罪が進行しつつあるという実感を抱かせる。こういうシーンを観ていると、「気をつけて!危ない!」と思いつつ、どこかで彼らがある程度までうまくやり遂げ、話がもっと面白く、怖くなることを期待してしまう。そんな観客の気持ちを掴んで離さない展開だ。

その後、思わぬトラブルがあって母娘は人質となり、ダンサーがひとりで娯楽スポーツ施設に組織のボスと交渉に行くシーンとなる。施設に入ったとたん、カメラがそれまでにない仰角と俯瞰になるのが、一気に「いよいよマズイことになりますよ!」という雰囲気を盛り上げ、興奮する。ダーティハリーがバスの屋根に飛び降りるのを思い出すまでもなく、ドン・シーゲル監督作においては高低差はしばしば映画を沸点に導くのだ。先のアップ多用への切り替えにしてもだが、カメラの位置・角度・サイズが「こういう撮り方が好きだから」などという趣味ではなく、明確な目的で機能的に選ばれていて、確実に効果を上げている。これが本当のプロの演出だ。

そしてもちろん、想像以上に「マズイこと」が起きるわけだが。続くカーチェイスも、見るがいい、追う車も追われる車も坂道を疾走するのをたっぷり見せてくれる。この徹底した高低差へのこだわりが、登場人物をどのような場所に追い詰め、どのような破滅に導くかを目撃されたい。一方で疾走する車内ではそれまでに描き出した人物の性格と関係を踏まえた上でのいさかいが、アクションと同時進行で描かれる。スクリーン上で何もかもが起こってしまってるような、強烈な手応え。

ダンサー役は若きイーライ・ウォラック。その後の西部劇での野人めいた悪役像とは異なり、都会的な異常性格のギャングを演じきる。ちょっと現代劇に出たときのジャック・パランスみたいな雰囲気もある。ジュリアン役のロバート・キースは老獪な悪どさをしっかり見せる。『風と共に散る』(56)のロバート・スタックの父親役とかいろんなところで見るひとだが、これからはまず本作が頭に浮かぶだろう。ふたりのドライバー役には、アメリカ映画の活劇マニアが名前を聞いただけで喜ぶリチャード・ジャッケル。すぐ死ぬ役の多いひとなのに、本作では最後に殴られて気絶するものの、ひょっとしたら生き残ってしまったのでは。何かというと飲もうとするダメ人間だが、運転の腕はかなり凄いところを見せる。刑事コンビのうちワーナー・アンダーソンは、本作のもとになったテレビシリーズ "The Lineup"(本作の原題)でも主役の刑事を演じたひと。

前半でダミーの砂糖を詰められる彫像の話など、あれはどうなったの?-と思うところもあるが、分かってて思い切りよく切り捨てたのだろう。人物造形から物語の妙味、役者の動かし方、撮り方、舞台の活かし方等々、全てがスリリングな面白さにつながるみごとな逸品。映画を志すひとには、見せ場ばかりではなく、ちょっとしたシーン-例えば刑事ふたりが税関の責任者と話すところなど-も、勉強の材料になるだろう。