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快作『いとみち』(2021)

Facebook の 2021/7/13 の投稿に手を加えたものです。

横浜聡子監督作『いとみち』(21)を観る。
不器用な少女がメイド喫茶でのバイトを通じて周囲に心を開き、かつて得意だった津軽三味線にも再び向き合っていく…という話だ。

登場人物に愛情を込めて描いていて、甘いと感じるひともいるかも知れないけど、自分には誰もかも-人間として-かわいく見えて楽しめた。
だいたい津軽弁のきついヒロインが何かにつけてどんくさいのに、イラッとせずに見守りたくなるのは、人物造形がしっかりしてるからだろう。
彼女にとっては都会の青森駅前に出てきて、頭の中でブツブツ言いながらバイト面接先の店を探すのなど、いい感じに笑えてしまう。演じる駒井蓮もポスターなどの写真で見るより、ずっといい。女優として画面で呼吸して、魅力が発揮できるひとだ。
父親役の豊川悦司も好演で、思春期の娘への接し方がちぐはぐなのは、やはりかわいいと言えるものだし、父娘が喧嘩したときに「ふたりとも出てけ!」と怒るおばあちゃんもかわいい。ヒロインのバイト先となるメイド喫茶の人物たちも、それぞれに魅力的だ。

演出的に優れた箇所はいくつもあって、皆で海に遊びに行くシーンの波止場と海岸の距離から生まれるある種の刹那感、嫌なことがあった日に久しぶりに三味線に触れる手探りの実感など、気持ちよく見せていく。
中でもヒロインの友人の部屋、あんなに狭そうな場所で三味線弾いてはしゃぐのを観て心弾むのは、映画の勝利だ。三味線の音で引っ張るという狙いが一貫してるからだろう。その意味で、優れた音楽映画とも言える。
全く疑問がないわけではない。「間」を大事にした演出だと分かりつつ、あと一歩刈り込んだ方が、映画が締まる気もする。例えばクライマックスの演奏シーンは、髪をとかす感情の高まりから直結で行った方が良かったのではないか。ここは少し段取りが長かったんじゃないかと思う。

とはいえ、それは些細な話。この気持ちいいほどストレートな青春映画の魅力を削ぐほどではなく、邦画の年間ベスト上位に挙げられる収穫として皆さんにオススメできる。