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『生きる』(1952)について二点ばかり

2018/5/26 の Facebook 投稿に手を加えたものです。

朝日新聞の週末別刷り版「be」に、「私の好きな黒澤映画」って記事が載っていた。朝日新聞デジタルの登録者対象のアンケートをもとにした黒澤明監督作品のランキングで、ベストテンは次の通り。

1. 『七人の侍』(54) 2. 『羅生門』(50) 3. 『用心棒』(61) 4. 『赤ひげ』(65) 5. 『影武者』(80) 6. 『生きる』(52) 7. 『椿三十郎』(62) 8. 『天国と地獄』(63) 9. 『』(85) 10.『隠し砦の三悪人』(58)

やってることの割には映画はあまり観てない俺でも、黒澤映画は-少なくとも白黒作品は-気づいたら、そこそこ観てるものだなあ。
俺が好きなのは、『酔いどれ天使』と『用心棒』。
それから『生きる』も実はかなり好きで、2点ばかり書いてみるね。

まず、この映画は実は『死ぬ』だということ。
中盤あたりで主人公が死んじゃって、あとは他の登場人物の証言による回想劇になるのよね。で、回想の中の主人公は(ドラマの時制的には)既に死んでいる人物、すなわち幽霊(※注1)なわけ。幽霊だから、ヤクザの親分も敵わない。有名な♪命短し…のシーンは、成仏した状態なわけです。あの公園は志村地蔵の祠。

もうひとつは、裁判劇だということ。
黒澤がアメリカ映画の影響が濃いのはよく言われていて、まず西部劇が挙げられるんだけど。裁判劇も相当好きなんだよね。これもまたアメリカ映画の一大ジャンル-というより、作劇法の典型で、一見他ジャンルの映画のように見えるものでも『地獄への逆襲』(40)『レベッカ』(40)『ゾラの生涯』(37)みたいに、気づいたら裁判劇という展開も少なくない(※注2)。んで、『生きる』の証人たちが真相を明かしていく形式は、正に裁判劇のそれなんですよ。有名な『羅生門』もだけど、私見では日本の映画監督で黒澤ほど意識的にアメリカ映画的裁判劇、やってるひとは少ないのではないかと。その最も分かりやすいのが『醜聞(スキャンダル)』(50)で、黒澤映画としちゃ見過ごされがちな一本だけど、俺はけっこう好き。

注1:あまりこういうキーワードを使うと、「そもそも(映画の中の)幽霊とは」とか言われそうだけど、重要なのは観客-いや、それだけでなく通夜の場に集った登場人物たちも-彼を "死んだ人間" として扱って(見て)いるということだ。そして実際、回想の中の志村はけっこう無気味な、生者を超越した存在に見える。

注2:もちろんアメリカ映画には、司法関係者を主人公(あるいは副主人公)にした正面からの裁判劇も多い。当ブログで取り上げた『キューティ・ブロンド』(2001)なんかも典型だ。