鑑賞録やその他の記事

『ギャング王デリンジャー』(1965)は映画をかっぱらう

書き下ろしです。

YouTube にテリー・O・モース監督作『ギャング王デリンジャー』(1965)が全篇あがってるのを、発見した。
1930年代に数々の銀行強盗を繰り返した有名なギャング、ジョン・デリンジャー伝の映画の1本。同じ題材のものには、当ブログでも取り上げたマックス・ノセック『犯罪王ディリンジャー』(45)、ジョン・ミリアスの監督デビュー作『デリンジャー』(73)、マイケル・マンパブリック・エネミーズ』(2009)などがあり、いずれも観ているので、比較したい気持ちもあって無字幕版ながら観てみた。

デリンジャーというとベビー・フェイス・ネルソンら曲者たちを率いた親分のイメージが強く、実際の写真を見ても年齢以上の貫禄を感じる。役者で言えばミリアス版で演じたウォーレン・オーツが顔も似てるし、最もハマリ役だろう。
対して、ニック・アダムス(※注)演じる本作のデリンジャーはすぐキレ散らかすチンピラで、原題の "Young Dillinger" が示す駆け出しの頃だけならそれもアリだが、強盗チームを率いて名を上げてからも雰囲気が変わらないのは、少々、軽すぎる。ロバート・コンラッド扮するプリティ・ボーイ・フロイドのほうが、格上に見えてしまうぐらいだ。
ちなみに『犯罪王ディリンジャー』も若い頃から始まるが、主演のローレンス・ティアニーは危ないやつのままリーダーとしてのふてぶてしさを備えていく感じを、もっとうまく出していたと思う。

まあ主人公がそんな感じだから安っぽく見えてしまうのは仕方なく、実際本作はB級映画の傑作とされる『犯罪王ディリンジャー』よりも更に低予算で手早く撮られた感じがする。こうした条件下では作り手の力量がストレートに反映してしまい、観ていて悲惨な思いをする場合も多々あるのだが。幸い本作はストレス無く楽しんで観続けられるだけの、プロの仕事としてのレベルは保っているようだ。
これは撮影が『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)『狩人の夜』(55)『ショック集団』(63)の巨匠スタンリー・コルテスということも、大きいのだろう。カットを割らずに途中でカメラが寄るだけの長回しであってもフレーミングが的確なので、画面がそこそこ締まって見えるのだ。ウエスト・コースト・ジャズの大物、ショーティー・ロジャースの音楽が活気を添えているのも嬉しい。
またモース演出も随所でやる気を発揮していて、デリンジャーとフロイドが監房で取っ組み合いの喧嘩を経て仲間になるところとか、役者の頑張りもあってちょっとした名シーンになってる。低予算なりのドラマの見せ方はそれなりに心得た職人だったのだろう。
一方、物足りない部分もあって、特に盛り上がるべきクライマックスの現金輸送車襲撃で、アクションの段取りがもたついてしまうのは残念なところだ。これが例えばドン・シーゲルなら、誰かが撃ってる間に誰かが次に繋がる動きを "同時に" やってるのをテキパキと見せて、活劇の醍醐味を味わわせてくれるだろう。休まない疾走感が大事なのだ。

シーゲルといえば、本作ではデリンジャーが最初の犯罪からずっとヒロインと一緒で、いわゆる "アウトローカップルもの" の味があり、特にシーゲルの傑作でベビー・フェイス・ネルソンを扱った『殺し屋ネルソン』(57)を思わせるものがある。どちらにもデリンジャーもネルソンも登場するのでややこしいのだが、『ギャング王デリンジャー』のデリンジャーと恋人の描き方が『殺し屋ネルソン』のネルソンと恋人のそれに似ているのだ。
単純に影響を受けてるだけではなく細部にも似たところがあって、特に保釈になったデリンジャーが恋人の助けで付き添いの刑事から逃走するところ、コケにした街の顔役を殺すところなど、そっくりと言っていい。後者などロケーション場所も同じじゃないかと驚いたのだが、実は両作ともプロデューサーが同じアル・ジンバリストなのだ。そして本作でネルソンを演じたジョン・アシュリーは「『殺し屋ネルソン』での機関銃や車の衝突場面を流用している」と証言している。
そこで改めて街の顔役を殺す場面を『殺し屋ネルソン』と比べてみると、場所もカット割りもまるでそっくり。それには理由があって、撃たれた3人が階段を転げ落ちる2つのカットだけ、『殺し屋ネルソン』のをそのまま使っているのだ。あまりにも大胆な使い回しに驚くが、他のシーンも細かく調べるといくらでも出てくるのだろう。
ラスト近くでデリンジャーと恋人が(シーンの内容的には特に必要もないのに)墓地にたどりつくところなど、いろいろと使わせてもらった『殺し屋ネルソン』のラストシーンに目配せを送っているようにも思えた。

考えてみれば『犯罪王ディリンジャー』も、フリッツ・ラング暗黒街の弾痕』(37)のカットを流用したことで有名な作品だった。その事件がピーター・ボグダノヴィッチによるラングのインタビュー本のタイトル「映画監督に著作権はない」を決めたぐらいである。
映画世界でのデリンジャーは銀行の金ばかりではなく、映画の画面をかっぱらう男と言えてしまいそうだ。

注:ニック・アダムスといえば『フランケンシュタイン対地底怪獣』(65)『怪獣大戦争』(65)への出演で日本映画ファンにも親しまれてるが、テリー・O・モース監督は初代の『ゴジラ』(54)のアメリカ公開版を作ったひと。本作は監督・主演ともに東宝特撮映画に縁があるのだ。

www.amazon.com