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25年ぶりの現在『少年』(2024)

書き下ろしです。

新宿のケイズシネマで旦雄二監督作品『少年』(24)を観る。この映画の特殊な完成までの道のりについては、公式サイトの下記の文章にある通りだ。

1999 年、国旗国歌法強行採決抗議デモの実景ショットにてクランクインした映画『少年』。2003年まで断続的に5年間撮影が行われ、さらに編集に3年を要し2006 年にようやく仮編集版がアップ。すでに業界内で話題となっていた本作は、未完成にも関わらず2007年にドイツとスペインの映画祭から正式招待され、痛烈な社会派青春映画として高く評価されたが、完成への道は難航し誰もがその存在を忘れていった。ところが、クランクインから実に25年が経過した2024年、監督の執念により制作が続いていた『少年』が、追加シーンを加え3時間の大作となり、ついに完成したのだ。

25年かけて完成された映画。
…しかし観てみると「25年間完成されなかった映画」としての姿の方が強く印象に残った。
(4Kどころかハイビジョンでさえない)SD画面で現在の新宿ケイズシネマに「新作」として上映され、その題材も、風土も、「一昔前の日本映画」を思わせる。
そして25年間を背負って3時間の長さを生真面目に映画自体が抱え込んでいるさまは、タイトルとは裏腹に老年の映画のようにも感じさせる。

だがしかし、それは決して否定されるようなものではないのだ。

先に「一昔前の日本映画」という曖昧な言い方をしたが、具体的に言えば、まず頭に浮かぶのはズバリ、長谷川和彦監督の2作だ。親殺しの映画『青春の殺人者』(1976)と国家殺し(未遂)の映画『太陽を盗んだ男』(79)。

特に前者を連想したひとは多いのではないかと思う。
主人公を中心に家庭が崩れさるのはある意味親殺しであり、2作のカップルはどこか似た影を背負っている。また、本作が仮に『青春の殺人者』というタイトルだとしても、そんなに違和感はない。

また本作が『太陽を盗んだ男』同様(あるいは「違うやり方」で)、個人と国家の軋轢、国を殺そうにも殺せぬ姿を強く感じさせる映画であることは、観ていくうちに明らかになっていく。
主人公が「君が代」斉唱で不起立だった理由が全く政治的でない故に、政治が彼に襲いかかってくる不条理。でも、それが政治というものであり、国に生まれてしまった者の宿命なのだ。
自分には『太陽を盗んだ男』と『少年』の両主人公のラストの姿が重なって思えてしまうのだが、分かってくれる方はいるだろうか…?

1952年生まれの旦監督にとって46年生まれの長谷川監督は、強く意識する少し上の世代であろう。若き日に渡辺護監督らの助監督として働き、CM業界に入っていったときにその2作が公開されたのは、強い刺激だったのではないかと思う。

だが『太陽を盗んだ男』から20年を経っても長谷川監督は撮らずに、旦監督は『少年』をクランクインし、それから25年経ってもまだ長谷川監督は撮ってない。
してみると『少年』の公開は、「長谷川和彦監督が撮らない」ということさえも引き受けての、(自らも老年に入ってしまった)後発世代としての決着のつけ方のような気がしてならないのだ。

そんな中で、小林且弥演じる主人公の黒目がちの瞳、ひょろりとした上背のある姿は、幻のように美しく脳裏に残る。
ここが大事なところだ。クランクイン時でさえ中年、今や老年の旦監督は、映画を公開することで何かのシンボルになるような美しい主人公像を作り上げた。

それによって、例えば自分は、こういう情景を想像することができる。

昨年、旦監督とは対象的に若い世代の監督が若いままに「少女」の映画たる『ナミビアの砂漠』を撮り、公開したのだが。
自分には、『少年』と『ナミビアの砂漠』の主人公が何処とも言えない場所ですれ違い、それを『青春の殺人者』と『太陽を盗んだ男』の主人公たちが遠くで見ているような場面を想像することができる。それは自分の脳内の「日本映画」のひとつの情景だ。
それだけの主人公像を作り上げているのだ。『少年』という映画は。

そして、主人公以外では、特に織本順吉演じる主人公の祖父が印象に残る。
このキャラクター造型は主人公の家庭の歪が国というものに(あるいは「国と個人」に)根ざしていることを端的に示していて秀逸なのだが、ここにきちんとしたベテラン俳優を配しているのは、旦監督の「間違いなさ」のひとつである。

そして自分は、その祖父のように、公開にこぎつけた現在の旦監督にお尋ねしたい。
「戦況は、どうか」-と。