53分の傑作『蜘蛛の国の女王』(2023)
書き下ろしです。
菊川の野心的な映画館 Stranger に、常本琢招(たくあき)監督の短編映画特集上映「ツネモト✖️4人のヒロイン」を観に行った。
常本監督および上映作品については、公式サイトを参照して頂ければと思うが。今回は自分が特に心動かされた一本『蜘蛛の国の女王』について、簡単に記したい。2009 年に撮影され、2023 年再編集された 53 分のモノクロ(パートカラー)作品である。
主人公の映子(久遠さやか)は、今でこそ強気で我を通す気鋭の建築家だが、かつてはひどい吃音で消極的で全く目立たぬ末端の存在だった。そんな彼女をいつも助けてくれたのが雇い主の建築家の美子(西山朱子(あかね))なのだが、ある日、仕事上の不正が発覚して、失踪してしまう。その日以来、映子は美子のメガネをかけ、服装も真似て、成り代わる形で出世街道に乗り、事務所を構えて、業界のスターにまでなった。そんなある日、映子は美子と再会。願いを聞き入れて自分の事務所に迎え入れるのだが…。
映子がじわじわと美子に追い詰められていくのがサスペンスたっぷりで、常本監督の丁寧な演出のもと、久遠と西山が素晴らしい。
ことに西山は、(自分はほとんどの映画関係者より以前から彼女を知っている古い知り合いなのだが)驚くほど声に、表情に、持ち味を完全に活かしきった名演と言っていい。役者としての代表作の一本であろう。
こうしたふたりの関係を、常本琢招は娯楽映画監督として「ちゃんと」面白く描き出して見せる。ならばその加虐/被虐のありようはひとつのゲームのように観客を楽しませるのだろうが、実はそれだけではない。
監督の作家としての意識の敏感な部分が、映子の被虐を作家の加虐に、また同時に(登場人物に「寄り添う」部分では)作家の被虐につなげることで、複雑なタペストリーが編まれていく。これは美子の加虐においては、そっくり逆転した形をとる。
その上でふたりの役者の絡みには、互いにパズルのように合わさり切らない魅力的な「ズレ」があり続けるので、作家にとっても観客にとっても、予想外の新たな発見が生まれてくるのだ。だから観ている間、息詰まる感じと新鮮さが同居しているような、不思議なときめきを得てしまう。
他にも、事務所の狭い空間がまるで映子を追い詰める迷路のように思えたり(そこでデザインされているのが「内部」を作るための「外面」としての建築というのがまたいい)、シナリオ的には映子に吃音が戻る瞬間を巧みに二段階で仕掛けたりして、実に観るべきところの多い傑作に仕上がっている。
常本監督の-というだけではなく、現代日本映画の達したひとつの魅惑的な毒物として、強く推薦したい。
自分が観たのは2025年5月22日だが、この後、5月31日と6月12日に同じくStrangerで、6月7日にはせんだいメディアテークで上映が予定されている。他の短編も魅力的なので可能ならば駆けつけて欲しい。というか、もっと上映すればいいのに。
