書き下ろしです。
本多猪四郎監督・円谷英二特技監督の黄金コンビによる海洋SF『海底軍艦』(1963)『緯度0大作戦』(69)を、録画で続けて観た。後者は子供の頃に観たはずなのにほとんど覚えてないので、どちらも初見のようなものだ。
まず『海底軍艦』は、海底奥深くから地上侵略を狙う古代文明ムウ大陸と、戦時下の日本軍が開発した秘密兵器たる海底軍艦「轟天号」及び乗組員たちの戦いを描く。
後者の中心となるのが太平洋戦争中より南の島に潜んで未だ戦闘態勢にある海軍兵たちという趣向で、グアム島の生き残り日本兵たる横井庄一の帰還が72年(小野田寛郎は74年)だから、ずいぶん先取りした設定だ。
海軍兵リーダーの神宮司大佐(田崎潤)が、かつての上官で今は平和ニッポンの住人たる楠見(上原謙)に「世界のためにムウと戦うこと」を求められて、あくまで大日本帝國再興に拘って対立するところなど、設定の荒唐無稽さを超えた骨太なドラマ性がある。戦中派たる本田監督が精神的なリアルさを感じながら演出しているのが、自然と映画に表れてしまうのだ。
一方でより観客に近い庶民の立場から冒険に巻き込まれていくのは、主人公たる広告カメラマンの旗中(高島忠夫)とその助手の西部(藤木悠)。高島らしく根は生真面目ながら軽妙な人物像が、いい具合に映画をほぐしている。開巻間もない写真撮影シーンでモデルの女(北あけみ)が夜の港でいきなりビキニになるのも、高島を介するからこそ楽しく見ることができる。
こうして硬軟使い分けて描写される人間世界に対し、ムウの世界はハリウッド映画の古代エジプトなどにありがちなエキゾチック・ミュージカルの趣。リーダー格の長老が天本英世で、皇帝役は小林哲子。ふたりとも舞台的な作り物の世界にハマっている。
このムウの地熱を操った人工地震攻撃が強力で、丸の内のビル街が一瞬にして地割れに飲み込まれる場面など凄まじい。
とはいえやはり最大の見ものは轟天号で、まず半身を赤く塗った胴体の先端にドリルをつけたデザインからして実に個性的だ。
初登場時に威容を強調すべくゆったり横移動で撮られるのには息を呑むし、発進時(そしてドリルによる粉砕時)のワクワク感はたまらないものがある。潜航時のリアル感、ゆったり浮上する重々しさも素晴らしく、こうした巨大潜水艦としての描写の手応えが、後の円谷英二/円谷プロに伝説的な潜水艦のテレビ・シリーズ『マイティジャック』『戦え!マイティジャック』(68)を作らせたのだ。
そしてまた轟天号は宙も飛ぶのだが、重々しさを保ったまま静かに上昇するので、「これはこういうものだ」と納得してしまう説得力がある。誠に円谷特撮が生んだ最も魅力的な乗物兵器のひとつである。
だがこの轟天号が水中深くムウの本拠地に迫ってから、迫真の戦いを繰り広げるかと言えばそうでもなく、門番的な龍の怪物を割とあっさり片付けてからは、ムウ基地内に忍び込んだ海軍兵たちと(捕虜の身から脱走した)旗中たちが協力し合っての-言わば-「歩兵戦」が主軸となり、轟天号の魅力は一歩後退した印象を受ける。海中戦への期待を膨らませていると、肩透かしと言えるかも知れない。
それでも最後のムウの派手な爆発と、滅ぶ帝国と運命をともにする皇帝の悲愴美に、そこそこ盛り上がって終わってくれるので、あるていどの満足感は得られる。
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一方『緯度0大作戦』は全く異なる設定で、明るい夢物語の印象が強い。
それでも英語圏では『海底軍艦』の英題 "Atragon" の続編のような "Atragon II" の題で公開されたこともあるというから、全く別の映画を続編に見せかけて公開してしまうのは、(日本でも『荒野の用心棒』(64)と別の映画を『続・荒野の用心棒』(66)とした例などがあるように)洋の東西を問わないようだ。
事故で流された海底調査船の乗組員三人が、謎の潜水艦「アルファー号」に救助され、艦長のマッケンジーに緯度0地点の海底基地に案内される。そこは人工太陽に照らされた都市として繁栄する一種のユートピアだった。一方、マッケンジーの仇敵で悪の怪人マリクは、地上世界から緯度0基地に招かれた天才科学者とその娘を誘拐する。マッケンジーと三人はチームを組んで救出に向かうのだが…。
本作は日米合作で、海底調査船乗組員役の宝田明・岡田真澄のほか、かなり充実したアメリカ人俳優がキャスティングされている。
まずもうひとりの乗組員に、ロバート・アルドリッチ監督作品などでおなじみの憎めない脇役俳優リチャード・ジャッケル。終わってみると彼こそ主役であったように思える役柄だ。
大物の風格が必要なマッケンジー艦長には、オーソン・ウェルズ関係の諸作や『ジェニイの肖像』(48)などの大スター、ジョゼフ(本作での表記は "ジョセフ")・コットン。
そして何と言っても素晴らしいのが、マリク役のシーザー・ロメロ。多数の映画出演作があり、テレビの『バットマン(怪鳥人間バットマン)』(66~68)で伝説的な悪役 "ジョーカー" を最初に演じたことでも、有名な役者だ。本作でも悪くて、卑劣で、好色で、尊大で、しかしながら天才的な頭脳と行動力を持つワルの中のワルを、ユーモラスに演じきって見せてくれる。東宝特撮映画史に残る大ヴィランと言えよう。
今回、メインの乗物となるアルファー号は轟天号ほどの異様さはないスマートな潜水艦で、マニアックな人気という面では劣るかも知れないが、普通に格好いい造型。
何より嬉しいのは、始まってすぐに『海底軍艦』に欠けていた魅力ある海中戦を、マリク側の潜水艦と繰り広げてくれることだ。円谷特技監督の絵作り/カット割りも冴え、実写のセット撮影によるそれぞれの艦内とのつながりもいい感じだ。やはり同じタイプの乗物どうしの戦いは見応えがある。
前述のように本作の後半では、科学者救出作戦が主筋となり、マリクの本拠地である島と中心基地への潜入と戦いが描かれる。
マリクはマッド・サイエンティストとして人造の獣たちを従えており、H.G.ウエルズの有名小説「モロー博士の島」を思わせる。もともとの設定がジュール・ヴェルヌ「海底二万哩」っぽいのと合わせて、古典冒険SFの世界をつなげた感じだ。その明快なおとぎ話的世界観を着ぐるみの怪物たちとともに、マリク役のロメロが実によく支えてくれているのだ。
クライマックスの脱出劇では、アルファー号と敵潜水艦の、今度は洋上での戦いを見せてくれる。
アルファー号が(轟天号と同じく)空を飛ぶ趣向にしても、危機脱出のために新機能を発揮するということになっているのがいい。いかにも自業自得なマリクの死に方も、邪悪なマッド・サイエンティストにふさわしい。
人を食ったような謎を残したオチも印象的で、大人も楽しめる冒険ファンタジーとして、かなりの満足感が得られる出来栄えだと思う。
大空や宇宙を舞台に空想世界を手づくりで具現化してくれた円谷特撮だが、この2作のように海を舞台にしたものも格別で、SF的な潜水艦が深海を行く幻想的な味わいには他に代えがたいものがある。
また伊福部昭の音楽が海によく似合うんだな。プラモデルが欲しくなってしまうよ。
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