鑑賞録やその他の記事

映画する人、奧山順市

書き下ろしです。 奧山順市の『我が映画旋律』(1980)を最初に観た衝撃は忘れられない。 ハイコントラストな白黒の7分間のフィルムで、メインのイメージは、黒地に素早く伸び縮みする白い横縞。伸びて画面端を過ぎるたびに不思議な音を立てる。突如、耳を聾…

生きる場を繋ぐ『夜明けのすべて』(2024)

書き下ろしです。 三宅唱監督の新作『夜明けのすべて』(2024)を観る。 PMS(月経前症候群)を患い、月に一度自分がコントロールできなくなってしまう藤沢美紗(上白石萌音)は、仕事に大失敗して失職。病気に理解ある新たな就職先で、パニック障害を抱え…

『すべて、至るところにある』(2023)、或いは、「ない」?

書き下ろしです。 マレーシア出身で大阪を拠点に活動するリム・カーワイ監督の最新作『すべて、至るところにある』を、渋谷のイメージフォーラムで観た。 バルカン半島で出会った女性エヴァ(アデラ・ソー)と男性映画監督ジェイ(尚玄)。ふたりは意気投合…

芸術的珍品『あるじ』(1925)

書き下ろしです。 2022年末に好評だったカール・テオドア・ドライヤー監督特集が、再び開催されている。今回新たに加えられた3作のうち『あるじ』を観た。初見。1925年、ドライヤーが30代半ばのときに母国デンマークで撮ったもので、フランスなどで大ヒット…

力作『窓ぎわのトットちゃん』(2023)

書き下ろしです。 八鍬新之介監督作『窓ぎわのトットちゃん』(23)を観る。言わずとしれた黒柳徹子の大ベストセラーの映画化で、黒柳は製作にも名を連ね、ナレーションも務めている(※注)。 勉強不足なことに自分はこの原作、読んでないのだ。ただしそんな自…

見事な綺麗事『PERFECT DAYS』(2023)

書き下ろしです。 ヴィム・ヴェンダース監督が日本で撮影し、役所広司がカンヌで最優秀男優賞に輝いた『PERFECT DAYS』(2023)を観た。 役所演じるひとり暮しの男、平山が、朝起きて車で出発し、渋谷各地の公園のトイレを清掃してまわる繰り返しの日々と、そ…

芸能の真髄『キャビン・イン・ザ・スカイ』(1943)

書き下ろしです。 ヴィンセント・ミネリの公式な監督デビュー作(※注1)『キャビン・イン・ザ・スカイ』(1943)を観る。ブロードウェイのヒット・ミュージカルの映画化で、アメリカ南部を舞台に登場人物は全員黒人という趣向だ。 お人好しのリトル・ジョーは…

驚くべき傑作『二日間の出会い』(1945)

書き下ろしです。 シネマヴェーラ渋谷で『二日間の出会い』(1945)。ジュディ・ガーランドが歌わない映画で、監督はこの年、ジュディと結婚することになるヴィンセント・ミネリ。実は自分、ミネリの有名作は『巴里のアメリカ人』(51)も『バンド・ワゴン』(53)…

映画どアホウ『野球どアホウ未亡人』(2023)

書き下ろしです。 某ソウルフラワー監督のオススメで、小野峻志監督作『野球どアホウ未亡人』(2023)を観る。 愛する夫を草野球練習中の事故で亡くした夏子は、夫の野球の師匠たる重野進に見込まれ、野球選手としての特訓を受けることになる。野球など気が進…

カルナータカ音楽映画『響け! 情熱のムリダンガム』(2018)

書き下ろしです。 レコードそして CD と音楽はディスクで聴く世代の自分も、時代に逆らえず遂に Apple Music に登録。以来、「昔ちょっと興味を持ったがのめり込むまでいかなかった音楽再発見の旅」を続けていて、最近はワールド・ミュージックのターンに入…

大人の人情喜劇『輝け星くず』(2024)

書き下ろしです。 来年公開予定の『輝け星くず』を、扇町キネマでの特別先行上映で鑑賞。監督の西尾孔志(ひろし)氏は大阪在住で、本ブログでも取り上げた大傑作『ソウル・フラワー・トレイン』(2013)をはじめとする数々の注目作をものにしてきたひと。拙作…

塩田監督渾身のエロコメ『春画先生』(2023)

書き下ろしです。 塩田明彦監督最新作『春画先生』(2023)を観る。 江戸の浮世絵の中で「春画」といわれるジャンルは、性の悦楽の世界を赤裸々に描き出したもの。春信・歌麿・北斎など多くの巨匠が手がけており、性器そのものの描写を含め、観るひとに強烈な…

第一作の継承『ゴジラ-1.0』(2023)

書き下ろしです。 『ゴジラ-1.0』(2023)を観た。実写映画監督としての山崎貴を近年の『アルキメデスの大戦』(19)『ゴーストブック おばけずかん』(22)で高評価してる身としては、いやでも期待が高まる。 事前情報で戦後間もない日本をゴジラが襲うというのは…

清水宏監督のレア作2本『桃の花の咲く下で』(1951)『明日は日本晴れ』(48)

Facebook への複数の投稿を組み合わせ、手を加えたものです。 清水宏監督の比較的レアな作品を、別の映画館で続けて観ることができた。 まずは神保町シアターの笠置シヅ子特集で『桃の花の咲く下で』(51)。終戦後の貧しさ濃い都会で、歌入りの紙芝居屋として…

人工の情感『アステロイド・シティ』(2023)

書き下ろしです。 ウェス・アンダーソン監督『アステロイド・シティ』(23)を観る。 50年代のアメリカ南西部の荒野の町の数日間を描いたものだが、全体が一本の戯曲ということになっていて、さらにその-劇作家の執筆に始まる-成り立ちを伝えるテレビのドキ…

分裂した彼-『白鍵と黒鍵の間に』(2023)

書き下ろしです。 冨永昌敬監督作『白鍵と黒鍵の間に』(23)をイオンシネマ板橋で。 舞台は80年代の銀座。ある一夜に、夢抱える若きジャズ・ピアニストと、その3年後の姿が、すぐ近くの別の場所に同時に存在するような、不思議にねじれた物語。池松壮亮が演…

大人の青春活劇『17歳は止まらない』(2023)

書き下ろしです。 北村美幸監督作品『17歳は止まらない』(23)を観る。 農業高校で畜産を学ぶ瑠璃は、年上好み。同年代の男の子に対するツンと好きな先生へのデレの落差が異常で、特にデレ時のウザさが凄まじく、その歯止めの効かなさは正にタイトル通りだ。…

フレッド・アステアのホップ・ステップ・ジャンプ

Facebook の過去投稿をいくつか組み合わせたものです。 ハリウッドを代表するミュージカル・ダンサー(そして役者なおかつ歌手)として今では伝説的存在のフレッド・アステア。舞台では既に名声を得ていた彼の映画界への進出は、3本の作品でみごとにホップ…

活動大写真『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(2023)

書き下ろしです。 クリストファー・マッカリー監督作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(2023)を観る。トム・クルーズ演じる超人的なスパイ、イーサン・ハントが活躍する人気シリーズの最新作だ。今回、イーサンと彼の所属するIMFの…

暗黒の南北劇『修羅』(1971)

書き下ろしです。 目黒シネマで松本俊夫監督作品『修羅』(1971)を、恐らく40年ぶりぐらいに観た。鶴屋南北の名作歌舞伎『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』と、それを石沢秀二が劇団青年座用に脚色したものが、原作となっている。南北には先輩に当た…

アイダ・ルピノ監督作『恐れずに』(1950)『暴行』(50)『ヒッチハイカー』(53)

2022/5/3 および 2022/5/10 の Facebook 投稿を組み合わせたものです。 シネマヴェーラ「アメリカ映画史上の女性先駆者たち」特集で、初めてアイダ・ルピノが監督した映画を3本観た。言うまでもなく『ハイ・シェラ』(1941)『危険な場所で』(51)などの名女優…

少年とアリス-『君たちはどう生きるか』(2023)

書き下ろしです。 宮崎駿監督の最新作、『君たちはどう生きるか』(2023)を、公開初日に観る。以下ネタバレを気にせずに書くので、嫌なひとは鑑賞後にどうぞ。 異例の-鳥のイメージ画を除いて-前情報全く無しという宣伝戦略がとられたので、かなりの異色作…

若々しい交響詩『EO イーオー』(2022)

書き下ろしです。 新宿シネマカリテで『EO イーオー』(2022)を観る。1938年ポーランド生まれの独創的な天才、イエジー・スコリモフスキ監督の新作を、いまなお映画祭とかではなくロードショー公開で迎えられるとは、何という幸せだろう。タイトルから、かつ…

45年のB級2本『犯罪王ディリンジャー』『私の名前はジュリア・ロス』

2019/12/27 の Facebook 投稿に手を加えたものです。 シネマヴェーラでマックス・ノセック『犯罪王ディリンジャー』ジョセフ・H・ルイス『私の名前はジュリア・ロス』と、奇しくも同じ1945年に作られた言葉の本来の意味での「B級映画」を、二本立てのように…

『いれずみ半太郎』(1963)の最後の賭

書き下ろしです。 ラピュタ阿佐ヶ谷の脚本家野上龍雄特集で、マキノ雅弘監督作品『いれずみ半太郎』(63)を観る。自分は長谷川伸の原作戯曲『刺青奇偶(いれずみちょうはん)』(※注1)を、まだ勘九郎だった頃の十八代目勘三郎と玉三郎の舞台で観ているが、…

中高年血迷い映画『嘆きの天使』(1930)

2018/5/29 の Facebook 投稿に手を加えたものです。 映画には「中高年の男が若い女に血迷って人生を狂わせる」というパターンが確実にあって、ジャン・ルノワールの『牝犬』(31)など代表例だが。これに触発されたフリッツ・ラングは『飾窓の女』(44)『スカー…

『生きる』(1952)について二点ばかり

2018/5/26 の Facebook 投稿に手を加えたものです。 朝日新聞の週末別刷り版「be」に、「私の好きな黒澤映画」って記事が載っていた。朝日新聞デジタルの登録者対象のアンケートをもとにした黒澤明監督作品のランキングで、ベストテンは次の通り。 1. 『七人…

ジョン・フォード『ウィリーが凱旋するとき』(1950)

書き下ろしです。 シネマヴェーラ渋谷で『ウィリーが凱旋するとき』(50)。初見。今回の「蓮實重彦セレクション 二十一世紀のジョン・フォード PartⅢ」で、個人的にミッシー(バーバラ・スタンウィック)主演の『鍬と星(北斗七星)』(36)と並んで観たかった…

恒彦と美樹の『暴走パニック 大激突』(1976)

Facebook の 2020/2/2 の投稿に手を加えたものです。 ずっと見逃していた深作欣二監督『暴走パニック 大激突』(76)を、Amazon Prime で。 渡瀬恒彦演じる若き強盗は、二人組で銀行を荒らし回っていた真っ最中に頼りの相棒を亡くしてしまう。やがて最後の仕事…

役者対決の妙味『西部の男』(1940)

Facebook の 2021/7/28 の投稿に手を加えたものです。 ウィリアム・ワイラー『西部の男』(40)を録画で。ウォルター・ブレナンが首吊り判事ロイ・ビーン(※注)を演じているので気になってたのだが、実は初見。 で、このブレナンが実に良いのだ。我儘で愛嬌…