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第一作の継承『ゴジラ-1.0』(2023)

書き下ろしです。

ゴジラ-1.0』(2023)を観た。
実写映画監督としての山崎貴を近年の『アルキメデスの大戦』(19)『ゴーストブック おばけずかん』(22)で高評価してる身としては、いやでも期待が高まる。

事前情報で戦後間もない日本をゴジラが襲うというのは知っていたが、冒頭、主役の神木隆之介が戦争末期に特攻から脱落して戦闘機を整備基地のある島に不時着させるところから、「なるほど、こう来るか」と思った(以降、けっこうネタバレします)。
この島での一連は、往年の特撮ドラマ『ウルトラQ』(1966)の『東京氷河期』的な(首都を襲う怪獣に戦争で生き残った戦闘機乗りが戦う)展開を予感させつつ、まだそこまで大きくないゴジラが局地戦で人間を次々と殺す恐ろしさを見せつけて、戦慄させられる。必死に逃げる人間をどんどん踏むのがえげつない。

ただ、その後、主人公が焼け野原となった実家(東京)に帰ってくるあたりは、あまり良くない。特にヒロインの浜辺美波から(預かって!)と赤ん坊を押し付けられるシーンは、「あれ? 最近の山崎監督って、もうちょっと巧くなかったっけ?」と心配になった。ゴジラという大ネタを預かって、演出が硬直してないか-と。
結局、神木と浜辺の関係の描き方に関しては今ひとつというか、悲劇が訪れる前にもう少し観ていて「分かるなあ、これ」と思わせる要素があっても良かったように思える。ただし、赤ん坊が喋れるぐらいには成長してからの子役とその使い方が物凄いので、かなりカバーはできているが。
あと、焼け跡から始まる戦後の描写に、昔なつかしな風俗的な要素を、安直に強調しないのも良かった。

その後、本題のゴジラに戻ってからは、期待通り大いに見せてくれる。
海で再登場するまでのサスペンスは手応えあるし、巨大化した禍々しい姿を見せてから(神木と仕事仲間たちの)粗末な木船を一直線に追ってくるのは、さながら(『悪魔のいけにえ』(1974)の)レザーフェイスのでっかいのにチェーンソーが触れんばかりに追走されるみたいに怖くて嫌だ。
そしていよいよ東京上陸。銀座の大破壊に至って思い知らされるのが、本作が何よりも1954年のゴジラ第一作への深い思い入れに満ちたものだということだ。電車襲撃・ラジオ実況班の悲劇といった具体的な部分だけでなく、テーマ的に大きな一点を引き継ごうとしている。
それは、ゴジラとは戦争の亡霊であり、その亡霊が実体化して戦争のような大破壊をもたらすということだ。

「戦争の亡霊」としての怪獣を描くことは(第一作を踏まえた)ゴジラ映画として重要だったのはもちろん、山崎貴というひとりの映画作家にとっても、意味のあることだったろう。
ちょうど10年前の『永遠の0』(2013)で、既に戦争の亡霊らしきものを映像化していたからだ。現代日本の空を飛び去る特攻機がそれである。
単独にあのカット自体は力が入ってたとは思う。だが過度に感傷的なあの映画の中では、戦争を感傷的に捉えた甘い幻にしかなり得なかったのではないか。映画自体も『市民ケーン』(41)的構成を巧みとはいえない手つきで操りつつ、謎の真相を「宮部の本当の心情は誰にも分かり得なかった…」なんて感じで曖昧に片づけるものでしかなかった(※注)。
だが今回は、もっと非情で恐ろしく暴力的な亡霊であるがゆえに、表現としての手応えが段違いだ。それはもちろん、破壊神ゴジラという映画史上の大発明を使い得たからではあるが、山崎監督自身の意識も変わってきているように思える。
我々が目にできるのは『アルキメデスの大戦』のラストに滅亡が運命づけられた戦艦の姿を描いてみせた監督による戦争の亡霊としてのゴジラなのだ。島で死んだ整備兵たちの写真が、(神木を責める小道具という)物語上の意味を超えた陰惨さを帯びていたことを見逃さないで欲しい。

そしてさらに第一作の継承として重要なのは、そのように呪わしく禍々しい戦争の亡霊としての怪獣の破壊と人間たちの戦いを、大人の鑑賞に耐えうるエンタテインメントとして成立させる精神である。
そこでまず自らVFX作家でもある山崎貴が、渋谷紀世子VFXディレクターらとともに作り上げた特撮映像だが。それ自体非常に迫力あるもので、陸上においては前述のように「踏む」えげつなさ、その想像を絶する重みが体感的に伝わってくるのには恐れ入った。
そして最後の海戦ではゴジラによって大きく波立つことにより、海自体もみごとに怪物となった。待ちに待ったあのテーマ曲が流れるタイミングを見よ、これが娯楽映画というものだ。
その上で空中からの攻撃に至るのだから、観ているこちらも力が入る。パイロット神木隆之介の運命については、またしても『永遠の0』との比較で何かが言えそうだが、そこまでのネタバレは避けようか(まあ割と分かりやすい「これはひとひねりあるな」という描写があるけど)。自分は素直に、これでいいんだ-と感動した。
また、艦船を使った「わだつみ作戦」は「ヤシオリ作戦」よりは説得力を感じた。

役者では腕利きの整備兵をやった青木崇高が良かった。
病院の浜辺美波の姿は、『シン・ゴジラ』(2016)の庵野秀明に敬意を表したんだろうか。まあ、エヴァ以前から怪我で片目の女の子というのは、萌え要素ではあるのだが。

注:自分はネットなどで見られる『永遠の0』の原作者の政治的姿勢や発言に全く同意しない者だが、そのことが映画の低評価につながってるわけではない。何なら、主人公がもっと歴然と帝国軍人としての使命に(彼なりに)目覚めて特攻を志したことが露骨に描かれていて(困ったことに-ではあるが)感動させられた方が、評価したと思う。例えばの話だが、夕日をバックに飛び立つ特攻機群を見て日の丸を連想して決意するとか。あの映画はそんな風に「危険」でさえない。いろんな意味で中途半端で、しかも、面白くなかったのである。