鑑賞録やその他の記事

清水宏監督のレア作2本『桃の花の咲く下で』(1951)『明日は日本晴れ』(48)

Facebook への複数の投稿を組み合わせ、手を加えたものです。

清水宏監督の比較的レアな作品を、別の映画館で続けて観ることができた。

まずは神保町シアター笠置シヅ子特集で『桃の花の咲く下で』(51)。
終戦後の貧しさ濃い都会で、歌入りの紙芝居屋として働く笠置。もとは夜の女だったが、産んだ男の子は育てる余裕がなく、父たる男とその妻の家庭の養子に出していた…。
黙っていても笑っているような顔の笠置が元気に哀しい女を演じるのがミソで、独特の胸つかむ叙情がある。河原で去りゆく息子とその友だちを見送るカットなど素晴らしく、全身がジンと来る。温泉地の川にかかる粗末な橋の使い方など、この監督らしい細部も魅力的。安直にも思われかねない「簡単なマスクで正体を隠す」といった設定も、紙芝居の荒唐無稽が実生活にまで及んでいると考えれば、映画らしくて面白い。
だが笠置の歌うシーンで子どもたちがいまひとつ楽しそうに見えないなどの疑問点があり、傑作とは言い難い。特に冒頭、歌いながら子供たちを引き連れるのを長回しの斜め後退移動で撮るという魅力的になりそうな場面で、子供のみならずすれ違う大人までもが生気のない表情をしているのには(悪い意味で)動揺してしまった。いまひとつピリッとしたところのないストーリーといい、清水宏監督としては力の入り切らなかった仕事と言えるかも。リアリズムとミュージカルを融合する道が見いだせなかったのか。
それでも前述のような魅力的な要素で見せきってしまうのはたいしたもので、これが初仕事となる鳥居塚誠一の美術も見応えがある。

続いてシネマヴェーラ渋谷で『明日は日本晴れ』(48)。
『桃の…』と比べてもレア度は圧倒的で、公開後長らく観られず幻となっていたのが、昨年の国立映画アーカイブ「発掘された映画たち2022」(※注)でお目見えしたものだ。
清水宏監督で題材は田舎の路線バス-といえばただちに戦前の傑作『有りがたうさん』(36)を思い出すひとも多いだろうが、決定的に違うのは本作では峠越えの最中に故障し、止まってしまうことである。要は「動けないバス」の映画で、陽光の下の開放感ある停滞感が独特だ。
乗合車両なので、『駅馬車』(39)のように個性的な人物が入れ混じって社会の縮図を形作るわけだが、皆が戦争の影を負っているのが重要だ。片足の傷痍軍人が上官クラスの男に怒りをぶつける場面の鮮烈さは、多くのひとに語られるところだろう。戦災孤児と思われる子どもを登場させてすぐに(タダ乗りだから追い出して)退場させるのだが、ラスト間際に再登場させて題名にふさわしい希望ある行動をさせるあたりも、心憎い。
東京から帰省したワケアリ女の国友和歌子の描き方も素晴らしく、二度にわたりアップになる脚の美しさ、サングラスを外すタイミングなど、ため息がでる。彼女が草むらに埋もれるようにしゃがんで勘のいい按摩と話す場面は、情感溢れる名シーンだ。
スターといえるのは運転手の水島道太郎だけ。オールロケーションで手早く撮られた低予算の独立プロ作品ながら、観るひとの数だけ異なる感想を導きそうな豊かさに満ち、時代に翻弄された人々への作家のまなざしが深い余韻を残す傑作中の傑作。国立映画アーカイブによって作られたプリントが、映画館で鑑賞できるようになった意義は大きい。

注:国立映画アーカイブ公式YouTubeチャンネルによる上映企画「発掘された映画たち2022」記者発表会での解説