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映画どアホウ『野球どアホウ未亡人』(2023)

書き下ろしです。

ソウルフラワー監督のオススメで、小野峻志監督作『野球どアホウ未亡人』(2023)を観る。

愛する夫を草野球練習中の事故で亡くした夏子は、夫の野球の師匠たる重野進に見込まれ、野球選手としての特訓を受けることになる。野球など気が進まぬどころか大嫌いだったのだが、夫の借金のため仕方なかったのだ。だがやがて、苦難を通じて野球に目覚めることに-それどころか苦難そのものに-悦びを覚えるようになってしまう。そんな折、夏子に知らされる驚天動地の真相。夫は事故ではなく、重野の手によって殺されたのだった。

…というストーリーは、『鉄腕未亡人』(1942)『セックス・チェック 第二の未亡人』(68)『カリフォルニア未亡人ズ』(81)などに連なる映画ファンならお馴染みの "未亡人スポ根もの" の王道と言えるものだ。本当はそんなジャンルは無いし、いま挙げた三作とも存在しないのだが、あたかもそれらの王道であるように捉えたい。

ところでかつて映画評論家の蓮實重彦が草野進の名でプロ野球評論を書き始めたとき(※注1)、「蓮實の薫陶を受けた映画監督(※注2)が生まれたように草野進の文章を読んで野球選手を目指すひとが現れたりして」という冗談(※注3)が囁かれたものだが。本作は-特に最初の方は-まるでこの冗談を映像化したようなものだ。
重野進の名は重彦+草野進だし、夏子の夫はその著書にも心酔している。しかもタイトルバックは夏子による重野の著書の朗読である。そこまでいったら重野の台詞回しは、「にわかには信じがたいが途方もなく蓮實風にほかならない」ものであって欲しかった気もするが、そこはまあ、よしとしよう。

というわけでこの映画は「アホ映画に見せかけて実は知的」というやり方の知的ぶった映画にも思えそうなのだが。アホであることの悦びにも打ち震えているので、ちゃんと「知的なアホ映画」になっていて、「なるほどなるほど」と観ていられる。
夏子の魔球は「あたしったらこんなにアホなことしたくてたまらないの」という作り手の悶絶の表現だし、彼女がボールを投げ上げては受け止める動作の繰り返しは、映画する(なんて恥ずかしい表現!)悦びを知的な輩にも分け与えてくれそうだ。

かくして本作は基本的に成功作となったのだが、しかしまあ、ここまで来ると-評価するがゆえに-「もっと」を求めたくなる。
例えば映像は、もっとあからさまに美しくても良かったのではないか。ある程度の知性を経由したからには「こんなバカ映画なのにこんなに美しい」というのが、さらにバカ感を増すと思う。『ゴダールのマリア』(85)とか『カルメンという名の女』(83)といったゴダール(※注4)映画に限らず『バーバレラ』(67)だって、身も蓋もなく美しいところがバカだ。

そして-ここからはネタバレ全開になるが-重野の死に様はもっと凄くあって欲しかった。
彼が倒れるでしょ。そしたらその肉体には何かが起きると思うじゃん。あのとき俺は『フューリー』(78)のジョン・カサベテスの爆発(グロ注意)か、『ヴィデオドローム』(82)のレスリー・カールソンのぐちゃぐちゃ(グロ注意)ぐらいのものを期待したわけですよ。

んで、一応爆発したけど、高校生が作ったみたいな最も安い CG だったよね。「盛大に爆発しました」という情報を伝えるような。それはこの超低予算映画にふさわしいし、「怪獣が死んだときの爆発と同じだよね」とも思えるし。お客さんは安心して笑いますよ。
しかし思う。ここが「安心」の裏切りどころじゃないか。ここでいきなりお金のかかった『フューリー』爆発(グロ注意)が来たら、「やったあ!」と思うと同時に激しく動揺しますよ。この時点で、本作は(俺にとって)そこまでの期待値が上がっていたのだ。

いや、実際のところ『フューリー』爆発(グロ注意)も『ヴィデオドローム』ぐちゃぐちゃ(グロ注意)も、お金がいるってのは分かりますよ。ならば、出来る範囲の中でもっと別のやり方はなかったのかなあ。例えば、打ち上げ花火が上がる中、バラバラになった重野が空を横切って「おかあさーん!」とか…いや、これは違うか。
でも重野が死ぬってのはそれぐらいのことであるべきで、たとえそこで幾人かの観客を取り逃がしたとしても、理解し難い何かに走ってしまう "映画どアホウ" ぶりこそを体験したかった。

一方、夏子が前半の(映画表現的に素晴らしい)特訓で「ボールになる」というテーマを与えられたのが、最後に「ホームランボールになった」というセリフに結実するのは、美しい。
その特訓で繰り返される "落とされること" は、夫の幽霊の出現シーンで思わぬ変奏を奏でることになる。この1カットは凄い。恐らく本年の日本映画の中でも最高のカットのひとつである。これだけのために観てもいい。

主演の森山みつきは、とても魅力的に撮られている。

注1:渡部直己との共同ペンネームという説もある。

注2:ちなみにこの映画、黒沢清万田邦敏塩田明彦といった監督が蓮實重彦門下の立教大学生であった頃に組織していた "パロディアス・ユニティ" の8ミリ映画と雰囲気的に共通するものがある。

注3:あくまでも冗談である。

注4:映画どアホウ。