鑑賞録やその他の記事

高橋洋と電話で『キル・ビル』のことを話す

サイト『映画道』に 2004/ 3/ 3 に投稿した記事に手を加えたものです。

さっき脚本家の高橋洋から電話がかかってきて、彼がいま監督として取りかかっているDV撮りの映画についてちょっとした相談を受けたわけだが、ついでにいろいろと世間話もしたりして、中には「いやあ、黒沢(清)さんがあまりにストレートに『ミスティック・リバー』(03)を褒めていたので驚きましたよ、『本当に凄いです、今後10年、これを超えるものは出ないんじゃないか』なんて」などと興味深い情報もあったりしたのだが、もちろんこの場合驚くべきは黒沢さんが褒めたことではなく、「あまりにストレートに」褒めたってことなのだ。ほら、黒沢さんって、やっぱりちょっとひねったこと言いそうな印象があるじゃないですか。 まあ、それはそれとして「じゃ、高橋君は、いま忙しいんだ?」と尋ねると「ええ、そうですねー」とのお答え。「残念だなあ、おれは『映画道』用に高橋君と『キル・ビル』(03)について対談したかったんだ、まあ、そんなにかしこまったものじゃなく、酒でも飲みながらダラダラ話して、それをMDに録ったものをそのまま音声ファイルとして流そうという……」「そりゃまた大胆な」「聞いてられないものになるかも知れないけどね」でも、おれは実に高橋洋と『キル・ビル』について語りたかったのだよ、というのは、あれを観てすぐ高橋のことを思いだしたもの、正確にいうと、高橋が(脚本作の)『発狂する唇』(99)とかでやろうとしてることを。「おれや高橋君が思うように『キル・ビル』について語ってる人がいないと思うんだ、要するに、『芸能』でしょ」「ほう? 芸能?」「いや、だから(鶴屋)南北ってことなんですけどね」「ああ!」と、さすがに分かってくれた様子で、「うん、そうですね」「だからさ、『キル・ビル』は基本的にやろうとしてることは正しい、と」「うん」「芸能というのは、まあ、娯楽なんだけど」「うん」「娯楽をつきつめると、やり過ぎて、人を不快にすることさえ厭わない、例えば、おぞましいことをやるなら徹底的におぞましいことをやろうという……その果ての……浄化みたいなことが、芸能の目指すところであって」「ああ、それは本当にそう思いますねえ」「そういう風に『キル・ビル』を語る人って、世界でおれと高橋君ぐらいなんだよ」と、これは本気でそう思っているわけではないが、ふたりだけで話しているとよくこういう物言いをしちゃうのです。あほですね、すいません。「でも、それって凄く重要なことだと思いますよ」「ね? そうでしょ? 高橋君が『発狂する唇』とかでやろうとしてるのは、それだよね?」「ええ、というか、その意味で芸能と言うなら……」と、続けて受話器の向こうからの高橋の声が、ぶつぶつと玉を潰したような響きを帯びた。「え?」良く聞くと、彼は「具流八郎」と呟いているのだ。「『キル・ビル』でやろうとしてたことを、もっと徹底してたのが具流八郎だと思うんですよね」「うん、で、それはやはり(鈴木)清順さんがいたからだと思うんだ、あの人こそ、芸能の人なわけで」「そうですね」「で、君が具流八郎と言うのを、おれは、南北と言う……と、まあ、同じことだね」ここで言っておかねばならないのは、ふたりとも『キル・ビル』は具流八郎や南北と同じ方向を向いているから「基本は正しい」と言ってるのであって、映画自体をさほど褒めてるわけではないのだ。ただ、それを観て非常に触発されるものはあったと。「(『キル・ビル』は)信じられるのは見てきた映画だけ、ってところに依存し過ぎてるように思えるんですね」と高橋が言うのには同意で、それゆえに「物知りさんの映画ごっこに過ぎない」というようなニュアンスでけなす人もいるわけだが、「でもさ、他の映画を『皆さんお馴染みの』と引用する……『趣向』ってのは南北もやってたことで」「うん」「ただ、南北は物凄い構築力でそれを超えるよね」「そうですねえ」「『キル・ビル』はそういう点も含めて弱い……とはいえ青葉屋の延々続くチャンバラは、ちょっと今までのタランティーノよりは『何かを超えよう』という意志は感じたんだよ」「そうですか」「うん、それからゴーゴー夕張は、いいでしょう」「あー、いいですねえ」実際、おれにとって『キル・ビル』はほとんどゴーゴー夕張の映画と言ってもいいぐらいに気に入ってて、栗山千明はあの中でいちばん何も考えてないように見える点で芸能的である、もっと言えば「子供」で、『ピストルオペラ』(01)の少女に近い位置を獲得しているのだ。「それはやっぱり芸能の儀式性とか宗教性の中にあるべき存在で……とかなんとか、いろいろ考えてると、整理がつかなくなって。ホントはね、『キル・ビル』観た直後にいろいろ書こうと思ってたことが書けなくなっちゃったんだ」「やー、でも、それは本当に書くべきことですよ、うん、そういう意味の芸能ってことを言っておくのは非常に大切ですね」「だから高橋君との対談にしようと思ったんだけど、どうかね、明日にでも」「いやいやいや、当分忙しすぎる」「そっかあ」「この電話のことでも書けばいいんじゃないんでしょうか」というわけで今こうして書いているわけであるが、高橋によれば「いまやってる映画も、『キル・ビル』へのひとつの回答のつもりなんですけどね」ということで、うん、そいつは楽しみだ。