鑑賞録やその他の記事

ルパン三世と大和屋さん

個人ホームページに 1999/5/08 に投稿した記事に手を加えたものです。

近所のパチンコ屋でルパン三世のノボリが目に入った。デジパチなどというものは得意でない俺だが、その日は何となく気分で入店。くだんの台の前に座った。
ぼんやりと打ちながら、考えていたのは大和屋竺さんのことだった。巷では脚本家として有名だが、いま観ることのできる三本の監督作は言葉を越えた美しさに満ちている。正真正銘の天才で、しかも、誰にも好かれるスケールの大きな人物だった。
そんな大和屋さんと、映画同人誌の取材がきっかけで親しくさせてもらったことは、人生の財産のひとつである。日野のお宅で酒を酌み交わしながら、二〇以上も歳の離れた俺や、高橋や、西山や、井川や、塩田と、常に同じ目線に立って話してくれた。本当に偉い人だった。
大和屋さんはアニメのルパンに当初から関わり、映画の第一作の脚本も手がけられた。そして大和屋さん自身もパチンコが好きだったとあれば、打ちながら、思い出さないわけにはいかない。
自ら演出したピンク映画では無国籍的な風土に好んで殺し屋を登場させた大和屋さんは、ルパンのキャラクターの中で、やはり次元が好きだった。俺は観てないのだが、テレビシリーズで、次元がバラバラになったピストルの部品をひとつひとつ拾っては組み立て、遂に敵を射止めるシーンが、たいそうお気に入りだったようだ。
ピストルといえば、大和屋さんの監督第三作は『毛の生えた拳銃』(68)というタイトルだが。その中に、強烈に印象的なシーンがある。
白昼の葡萄畑で、吉沢健演じる若き殺し屋と、麿赤児大久保鷹ロートル殺し屋コンビが対決する。一発の銃声、一房の葡萄が落下。次の瞬間、吉沢は大地に仰向けに寝て、葡萄をムシャムシャと食べ始めるのである。

シャブ、シャブ、と動く司郎の口許が、濡れて光っている。(シナリオより)

その様子を見たロートル二人組は、ほとんど追いつめていたにも関わらず、戦いを放棄するのだ。意味などない。ただ純粋で、美しいシーン。選ばれた者のみが撮れるような、唐突で、不思議に輝かしいシーンだった。
ある日、大和屋さんの家で、俺は酔いつぶれてしまった。他の者が帰ったのに気づいたのは、翌朝。俺は叡子夫人の運転される車で、日野の駅まで送ってもらった。大和屋さんが胸が痛いとかで、検査を受けに行くついでにだ。途中、病院の前で大和屋さんは降り、にっこりと笑ってこっちを振り返られた。お気に入りの作務衣と、本当に素敵な笑顔。そのときの大和屋さんの姿は、不思議に覚えている。
それから数ヶ月、大和屋さんは食道癌で亡くなった。宣告の後、何とか映画を作ろうと俺たちと想を練られたが、果たせなかった。
「癌というのはね、ストレスですよ」
大和屋さんは、本当に映画が撮りたかったのだ。
死後発見された、震えるような筆跡の、雑記風の遺稿の最後には  

日野の家の近くで珍奇な現象がおこった。
行路死亡者として確認され、毘比(ママ)にふされた男が、じつは生きていた。

本当に大和屋さんは、俺の会った最高の人物のひとりだった。
そうこうしているうちに、パチンコが大当たりとなった。フィーバー中、ルパンのキャラクターが、一シーンづつ登場する。もちろん、大和屋さんの愛した次元も。
次元は、葡萄を手にしていた。
パチンコを打ちながら、俺は泣いた。