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『ドライブ・マイ・カー』(2021)

Facebook に 2021/ 8/31 に投稿した記事に手を加えたものです。

濱口竜介監督作『ドライブ・マイ・カー』。登場人物たちの心の旅路をみごとな映像とドラマ演出で、清冽な緊張感を保ちながら見せきる3時間。
賞をとることが納得できる立派な映画で、芸術を嗜む老若男女に「今日はいい映画を観たなあ」と思わせるであろう充実作。それでいて野心的な冒険作でもあり、作り手がいかなる映画になるかを発見していく、大胆なチャレンジ精神もある。芝居の稽古が進んでいくところなど、どのように撮り、どのように撮らなかったのだろう。
もちろんタイトル通りの「車の映画」としても、車内シーンの撮り方の繊細な変化、たびたび出てくるロングの俯瞰が醸す場面ごとの違いに惹きつけられる。例えば冒頭近くの成田空港に向かうロングには明らかなサスペンスがあり、その後の展開にうまくつながっていく。
村上春樹の原作は未読なので、どの程度まで踏まえているのか知らないが、文学的な味わいがあり、チェーホフのダイアローグをたびたび響かせながらも、登場人物たちの自分語りのテキストにみごとにオーバーラップしていく。これもまた、車という動く舞台をうまく生かしてるからだろう。観ていてふと、イーストウッドセンチメンタル・アドベンチャー』(1982)で主人公が昔の女の思い出を語る車中シーンを思い出したりもした。
人物たちが語れば語るほど、現実的な肉付けというより、むしろある種の象徴化のようなものに向かっていく感じが興味深い。例えば岡田将生は単なる「絶妙にひとを苛つかせる美男子」から、語ることによってユダのように象徴化された「堕落した魂」そのものに見えてくる。
主人公の西島秀俊、ドライバー三浦透子も何かにたとえることは可能だが、言うと誤解を招きそうなのでやめておこう。宗教者が見ると面白い感想を言ってくれそうな映画で、その点、例えば主人公を「汚れた聖人」っぽく描いた最近の日本映画の話題作(ご想像にお任せします)よりも、ずっと深みを感じさせる。
火のついたタバコをサンルーフから出すカットの甘い味わいには、ちょっと驚いた。しかしこの甘さは、決して悪いものではない。少しは安らかなメロディが流れてもいいだろう。
個人的にはもう少しやんちゃさ、とんでもなさを感じる『寝ても覚めても』(18)の方が好きだったが、こういう岩波ホール的な「名作」を作るのも立派なプロの仕事であり、充分な手応えはあった。

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ドライブ・マイ・カー インターナショナル版