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雑草の良さ『リコリス・ピザ』(2021)

Facebook の 2022/7/11 の投稿に手を加えたものです。

ポール・トーマス・アンダーソン監督の新作『リコリス・ピザ』(21)。
舞台は70年代のアメリカ西海岸。チョイ役の俳優ながら事業に手を出す15歳の少年実業家と、女子大生っぽさを残しながら自分の進む道に迷っているヒロインの、互いを意識しつつ恋には踏み込まない日々。ポスターや出だしは群像劇風ながら、割と二人に焦点を絞って映画は進む。
その語り口はややとりとめのない感じなのだが、これが見ていて気持ち良い。イキイキとした役者たちの芝居と、その呼吸をうまく捉えたカメラワークゆえだ。人物への寄り中心に撮り進めてるシーンでも、どういう場所かしっかり伝わる。そこそこ贅沢な映画のはずなのに、どこか低予算映画的なフットワークの軽いうまさを感じさせてくれるのが嬉しい。
ヒロイン演じるアラナ・ハイムは人気の姉妹バンド、ハイムのメンバーとのことで、魅力はあるんだけどそこまで美人じゃない感じが絶妙。このひとはかなり素晴らしい。少年実業家はクーパー・ホフマン。亡くなった役者、フィリップ・シーモア・ホフマンの息子とのこと。ふたりとも映画デビュー作というが、実にうまい。監督の引き出し方のマジックだろう。
作中、特に夜のシーンに印象的なものが多く、大物俳優役のショーン・ペンがバイクを駆るところ(ここ、ちょっとフェリーニ風)やガス欠のトラックで延々とバックしながら坂を下るところなど、目を引く見せ場になっている。一方でヒロインが知事候補の同性愛の相手と店を出るところなどは、さりげない分、とてもオトナっぽい良いシーンになっている。
ラストについては詳しくは書かないが、びっくりするぐらいベタな展開になり、そういうことを敢えてぬけぬけとやってしまうのがいい。「敢えてやる」ってのは失敗することも多いんだが、ここでは思い切りの良い気持ちよさとなっている。そしてスパッと終わってくれるのだった。
憎めないふたりと付き合った感じで、後味はさわやかだ。こういう映画は、大傑作とかベストワンとか持ち上げず、心の隅でそっと愛でておきたい。気負いのない、雑草の良さとして。