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『ダーティハリー』(1971)編集のひみつ

書き下ろしです。

大風呂敷なタイトルにしちゃったけど、今回は『ダーティハリー』(71)-このドン・シーゲル監督クリント・イーストウッド主演の大傑作のごく一部分について書く。といっても、この映画を観たひとみんなが語りたくなる鉄橋(※注1)からのバスの屋根への飛び降りについてだから、かなり注目すべき部分だとは思う。
ここでは改めてストーリー紹介もしないし、どういう経緯でバスの屋根に飛び降りることになるかも書かない。ご存知だという前提なので、未見なら配信ででも何でもいいから観てから読んで頂きたい。

さて飛び降りは、例のめっちゃ格好いいハリー待ち伏せの立ち姿の直後に行われる。この立ち姿は、バス側との切り返しで、「超ロング」「ロング」「ほぼフルショット」と、三段階でカットが重ねられる。
最後の「ほぼフルショット」から飛び降りまでのカット割を書き出すと、以下のようになる。

  1. 鉄橋の上のハリーのほぼフルショット
  2. バス側、サイドミラーに運転手と共に映るスコルピオが「なぜあいつが!」とわめく。
  3. 俯瞰の引きで、バス左手の枝道から青いVW(フォルクスワーゲン)が入ってくるのが示される。
  4. バス側、フロントガラス越しのスコルピオのアップ。驚いて前方を見下ろす。
  5. スコルピオの主観で、バスの前に出るVW。
  6. 鉄橋の反対側からロングショット、鉄橋の下を抜けようとするVWとバスと、その上で線路の端の一段低い部分に降りてバスに飛び降りる準備にかかるハリーが同時に示される。
  7. フロントガラス越しのスコルピオのアップ、「もたもたするな、(VWを)追い越すんだ!」とわめく。
  8. 鉄橋の下をくぐるバスの屋根から見上げたようなショット(※注2)で、ハリーが屋根に飛び降りるアクション。
  9. 俯瞰の引き、ハリーが屋根にしがみつくバスが鉄橋の向こう側に出る。

ここで問題なのは、6 から 7 である。6 で端に降りてるはずのハリーが、次の 7 ではその前の立ち姿でいるのがフロントガラスに映ってしまっているのだ。要するに「つながってない」のである。
これは DVD などお持ちなら実際に確認して欲しいところだ。また YouTube でも "Dirty Harry Bus" で検索すれば、すぐに見つけられる。

重要なのは、これが単なるうっかりミスではないということだ。なぜなら、フロントガラスのハリーの映り込みは、かなり面倒な作り込みだからだ。「どこで使うか」という明確な意図をもって撮られたカットである。

思うに、最初は 7 は、5 と 6 の間に入れるつもりだったのではないだろうか。その場合のつなぎを、3 から順番に並べてみよう。

「俯瞰の引き、枝道からVWが入ってくる」→「スコルピオのアップ、驚いて前方を見下ろす」→「バスの前に出るVW」→「スコルピオのアップ、『もたもたするな、追い越すんだ!』」→「鉄橋の反対側からのロングショット、下をくぐる2台と上で飛び降り準備するハリー」→「ハリー飛び降り」→「俯瞰の引き、ハリーが屋根にしがみつくバスが鉄橋の向こう側へ」

理屈としてはすんなりつながるように思えないか。自分は実際に編集ソフトで入れ替えてみたけど、それなりに成立するように思える。
細かいことを言うとフロントガラスに映った「立ち姿」が、次のロングショットの「飛び降り準備」ときれいに連続しないのだが、現状ほどの明らかな矛盾はない(※注3)。

だが、結局は当初のカットつなぎの予定を崩し、それどころか、(苦労してフロントガラスに立ち姿を入れ込んだのにもかかわらず)明らかにハリーの姿が「つながってない」つなぎを選んでしまったのだ。なぜか。

それは、理屈に沿った段取りを追うことによる単調さを避けたかったからだ。ここにこそ、編集のひとつの秘密がある。

当初の予定と思われる画面つなぎでは、
「俯瞰の引き、枝道からVWが入ってくる」→「スコルピオのアップ、驚いて前方を見下ろす」→「バスの前に出るVW」→「スコルピオのアップ、『もたもたするな、追い越すんだ!』」→「鉄橋の反対側からのロングショット、下をくぐる2台と上で飛び降り準備するハリー」
までで、(VWの出現で)スピードが出せない焦りの中で鉄橋下を通過するという【バス=スコルピオ側の事情】が順番に筋道を立てて示される。

一方、その最後のカットからの
「鉄橋の反対側からのロングショット、下をくぐる2台と上で飛び降り準備するハリー」→「ハリー飛び降り」→「俯瞰の引き、屋根にしがみついたバスが鉄橋の向こう側へ」
は、飛び降り作戦実行という【ハリー側のアクション】を順番につないでいる。最後の俯瞰も、客観的ながらハリー側を描いている。

「鉄橋の反対側からのロングショット、下をくぐる2台と上で飛び降り準備するハリー」が、両方をつなぐ優れたカットであることも注目されたい。

しかしそれでは、カットつなぎが、それぞれを順番に示しているだけになってしまうのだ。
特に「飛び降り準備」から「飛び降り実行」をただつないでしまうのは、ダイナミズムに欠け、アクションをモタッとしたものに見せてしまうと思えたのだろう(※注4)。
そして-両方を繋ぐ役割のロングショットもあるにも関わらず-【バス=スコルピオ側の事情】と【ハリー側のアクション】をカットバック的にも重ねた方が、対決の緊張も出ると考えたのに違いない。
だから、矛盾が出るのを知った上で、あえてつなぎを変えたのだ。この思い切りの良さは、シーゲルが編集者だったこととも無関係ではない。

劇映画-特にアクション映画-において、モンタージュを駆使した演出の役割は、起きていることをテキパキと順番に見せていって、観客に知らしめながら、次々と展開していくことである。だからといってそれ「だけ」になってしまうと、「説明の単調さ」に陥りかねない。
そこを打破するためには、ダイナミックな要素と要素のぶつかり合い-カットバックを心がけ、ときには当初の予定を変えて「つながらない」ものになっても構わないぐらいの気構えを持つ。
ダーティハリー』のバス飛び乗りシーンの「つながらなさ」は、そんなシーゲルの映画魂を教えてくれるのだ。

だけどまあ、カメラのブルース・サーティスは結果を見て「え! これじゃフロントガラスに写し込んだのが台無しでは!」と思ったかも知れないね。それを聞いてシーゲルは「お客はそんなの見ない」と、こっそりつぶやいたのかも。これ、若松孝二監督が、撮影中やラッシュのときに-つながらなさそうになるたびに-よく言ってたセリフなんだけどね。

注1:たまに歩道橋とか書いてるひとがいるけど、完全な間違い。ハリーが立っているのは鉄道線路である。

注2:実際にバスの屋根から撮影されている。その撮影風景写真

注3:ちなみに「スコルピオのアップ、驚いて前方を見下ろす」を抜いてしまい、「俯瞰の引き、枝道からVWが入ってくる」→「スコルピオのアップ、『もたもたするな、追い越すんだ!』」→「バスの前に出るVW」→「鉄橋の反対側からのロングショット、下をくぐる2台と飛び降り準備するハリー」→「ハリー飛び降り」としても成立はするし、"ただ単に理屈に合わせたつながり" としては、最も自然かも知れない。

注4:言うまでもなく、誰かの一連の動きの中に、素早く他者の様子を挿入して緊迫感を高めるのは、アクション映画によくあることである。

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ダーティハリー(字幕版)