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若々しい交響詩『EO イーオー』(2022)

書き下ろしです。

新宿シネマカリテで『EO イーオー』(2022)を観る。
1938年ポーランド生まれの独創的な天才、イエジー・スコリモフスキ監督の新作を、いまなお映画祭とかではなくロードショー公開で迎えられるとは、何という幸せだろう。
タイトルから、かつてディズニーランドで上映された3Dアトラクション映画『キャプテンEO』(1986)を思い出したひとも、けっこういるのではないか。自分もふざけて、観る前にSNSに "「マイケルの3D映画だ!」とワクワクして観に行ったら渋いロバさん映画が始まった…というひと、いるよね?" などと投稿したものだ。
そのギャグの寒さはおいといて、実はこの映画、いざ観てみるとそんなに渋くはなくて、マイケルのと間違えたひとにも楽しめてしまう(かも知れない)ものに仕上がっていたのだ。

とりあえず、どんな内容か書いておくと。サーカスの舞台でパートナーの女の子に "EO" と呼ばれていたロバが、一座の破産後にひとの手に渡り、そこから始まる流浪の人(=ロバ)生を追っていくというもの。同様にロバを主人公としたロベール・ブレッソン監督の傑作『バルタザールどこへ行く』(66)にインスピレーションを得て作られたらしい。
主題的には主人公たるロバの「無垢」がクローズアップされ、何も知らずに生きるがままに生きている彼を見ているうちに、「命とは何か」に思いを馳せられそうな作品に仕上がっている。
もちろん、スコリモフスキのことだから、無垢が善であるような単純な描き方はしない。場面によってEOの無垢は凶器ともなり、殺人さえ犯しうる。いや、EO に限らず描かれる世界は倫理なき暴力が支配していて、ひとも動物も不条理に傷ついていく。

その "天然なまでの非情さ" に比して、映像は今までのスコリモフスキ作品に比べてもより一層美しいわけだが。原案となるブレッソンの作のような厳しい美しさではない。
非常に分かりやすく情感に訴えかける美しさで、例えばトレーラーに乗せられた EO の顔を手前に配して窓の向こうの馬の群れを捉えたショットなど、すんなりと「エモい」という言葉が引き出されてしまいそうなものだ。個人的には、昔の買い主が訪れてくるシーンの疑似夜景の美しさも、強く印象に残った。
そして映像のみに限らず、音楽も効果音も容赦なく響きまくって、言うならば「俗っぽく」各シーンを盛り上げる。やり過ぎを恐れず、ガンガン迫ってくる "交響詩 ザ・ロバさん" だ。
赤いフィルターとか、ドローン撮影とか、突然出てくる四つ足ロボットとか、あちこちに見られる "過剰" な感じも、映画を「名作」感や「古典」感から引き離す。出来上がったばかりの同時代的なロック・オペラを体験しているようだ。

傘寿を過ぎたスコリモフスキのこのバリバリな派手派手しさは驚嘆に値する。だからマイケルの3D映画と間違えて観に行っても大丈夫なのだが。それをネタ的には地味にも思われそうなロバさん映画でやってのけるのだから、呆れるばかりだ。
しかしながらやはりそんじょそこらの若い個性派監督が調子に乗って作ったのとは、居直りの強度が違うというか。歳を重ねてなお、カメラを向ける対象の美しさへの感度を張り詰めて撮っているスリル感が、各場面を「これしかないのだ」と見せつけてくるふてぶてしさと同居してしまっているのには驚かされる。
手のつけられない若いジジイ、スコリモフスキに、またしてもすっかりやられてしまった。