鑑賞録やその他の記事

『西部魂』(1941)

Facebook に 2021/ 7/ 2 に投稿した記事に手を加えたものです。

フリッツ・ラング監督作『西部魂』を久々に再見。ウエスタン・ユニオン電信会社の大工事を描いた大作西部劇だ。
トップ・クレジットはロバート・ヤングだが、南軍ゲリラ活動もしていたアウトローランドルフ・スコットの翳のある人物描写に力が入っている。雇い主のディーン・ジャガーがランディに疑念を持ちつつ工事の現場監督に任命し、ヤングが異を唱えるシーンでは、突然、表現主義的な陰影深い照明のクローズアップの連続に。他にも、電柱の上で男が矢に射抜かれて死んでいるショット、ラストの対決でのランディの手がずり落ちる生々しい描写など、ラングならではの強烈なイメージがふんだんに見られる。
とはいえラングの西部劇としては、復讐がメインの『地獄への逆襲』(40)『無頼の谷』(52)に比べ、大陸電信事始めの歴史絵巻らしく、昔話をおおらかに綴る語り口も楽しめる。ジャガーが「初対面だろ?」とランディを雇うシーンの人情味、ヴァージニア・ギルモアを巡るヤングとランディの恋の鞘当て、臆病なコックと髭面の野人の滑稽な絡み等々、映画を知り尽くした監督の余裕で自らも楽しんで撮っている感じがある。特にヤングが暴れ馬に乗せられて奮闘のすえ乗りこなしてしまうシーンは-西部劇ではありがちな設定にも関わらず-躍動感とユーモアが溢れんばかりで新鮮だ。
野営地の火事のシーンなどの見せ場(※注)には迫力もあり、巨匠の映画だからといって構えず「昔の娯楽西部劇を楽しみたい」という気分で観られる映画になっている。豊かな中身で95分という短さも素晴らしい。
脇ではコック役のスリム・サマーヴィルが断トツに印象的。ジョン・キャラダインがこのひとにしては怪しくない、常識人の医者に扮している。

注:一部の映像が『西部の王者』(44)に転用され、ラングに「映画監督に著作権はない」と嘆かせる原因となった。低予算のB級映画ならともかく、名監督ウィリアム・A・ウェルマンの出演者も豪華な大作がそのようなことをしていたのだから、ちょっと驚く。

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西部魂(字幕版)

『無頼の谷』(1952)

Facebook に 2019/12/17 に投稿した記事に手を加えたものです。

無頼の谷』をDVDで。フリッツ・ラング監督の西部劇は『地獄への逆襲』(40)『西部魂』(41)は観ているが、これは初見。
最初の主人公アーサー・ケネディの恋人が強盗殺人に遭うところが、金庫を開けさせられる彼女を見下ろす悪党の影が差しかかるのといい、遊んでいる子どもが悲鳴を聞くのといい、直後にケネディの目にした死体の指に抵抗の跡があるのといい、ラングらしい禍々しさが炸裂だ。
それからのケネディの復讐譚が本筋で、床屋での格闘(※注)や脱獄劇を面白く見せたあと、マレーネ・ディートリッヒの女傑が仕切る無頼漢ばかりの牧場で犯人を探ることになる。
ディートリッヒの情夫といえる高名なガンマンを演じるメル・ファーラーがたいへん良く、ケネディよりこちらが印象に残るひとがほとんどではないか。ディートリッヒとファーラーの縦型ルーレットのエピソードの視覚的な妙味。二人が並んで歩くシーンの、女がスカートを少し上げて水たまりをまたぐのに不思議な味わいがある。
クライマックスの銃撃戦は屋内で繰り広げられ、硝煙が部屋を包むのが非常に劇的だ。ここでのディートリッヒの運命の描き方に、ハッとさせられるものがあり、それによってケネディとファーラーの関係に変化ができて映画は終わる。
ところどころで挟まれる歌がナレーション的役割を果たしており、全体をひとつの伝説のように見せている。

注:床屋での強烈な殴り合いでは盛んにカメラがぶれ、最初は「え? 手持ち?」と思ってしまった。だが1952年のテクニカラー映画では考えにくい。後でその部分だけ見直したら、激しく動く人物に肉薄するように-おそらく-望遠気味のレンズで追っていて、そのため三脚上でもぶれているのではないかと判断した。ラングの野心的な撮り方に驚かされる。

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無頼の谷(字幕版)

『ビリー・ザ・キッド』(1930)

Facebook に 2020/ 1/ 9に投稿した記事に手を加えたものです。

数多くのビリー・ザ・キッドものの中で古典的な有名作、1930年版『ビリー・ザ・キッド』をDVDで。監督はキング・ヴィダーだが、自分はこのハリウッドの大巨匠の映画、『白昼の決闘』(46)『戦争と平和』(56)など少ししか観ていない。
時代的にまだ無声映画の話法を引きずっていて、トーキーとしてこなれてない分、古めかしく感じる。思うにトーキー直後のほんの短い時期、映画というメディアは少しだけテンポを見失ったのだ。無声映画の巨人グリフィスも初のトーキー『世界の英雄』(30)を、いま観ると、それ以前の傑作群より古めかしい。
とはいえ、それでも充分に見応えはあって、ビリー演じるジョニー(ジョン)・マック・ブラウンは笑顔を見せるたびにやくざ者の悲哀を感じさせて魅力的だし、籠城戦で家に放火されて次々と決死の脱出をするシーンは、なかなか強烈な見せ場になっている。その後、ビリーがひとりで立てこもる岩場のビジュアルも素晴らしい。
ラストの史実無視にはびっくり。タランティーノかよ! 
この映画でのビリーは右利き。パット・ギャレット(※注)はウォーレス・ビアリー

注:ビリー・ザ・キッドを逮捕し、キッドの脱走後は追跡して最後には射殺したことで有名な保安官。サム・ペキンパー監督の『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(73)ではジェームズ・コバーンが演じて、キッド以上に主人公っぽく描かれた。

『アムステルダム』(2022)

書き下ろしです。

デヴィッド・O・ラッセル監督作『アムステルダム』をイオンシネマ板橋で。
第一次大戦の英雄である将軍の戦後の死を暗殺の疑いがあると知った元部下の医者と弁護士が、冤罪を被りながらもその真相から世界的な陰謀にまで辿り着く物語。主人公の医者にクリスチャン・ベイル、弁護士に『テネット』(2020)主演のジョン・デヴィッド・ワシントンという布陣。だが観に行った大きな動機は、彼らと行動を共にするヒロインがマーゴット・ロビーだから。
この3人以外にも、テイラー・スウィフトマイク・マイヤーズ、ゾーイ・サルタナ、ラミ・マレック、アニャ・テイラー=ジョイ、ロバート・デ・ニーロという豪華なキャスティング。自分は予告編も観ず、前知識は主演格3人だけだったから、観ながら出るわ出るわ…って感じで驚かせてもらいましたよ。
でも観ていてそんなに楽しくもないんだな。サスペンスに追われながらも会話が横道に逸れそうな感じはいわゆる「オフビート」なんだけど、そんなに面白くなく、ハッキリ言っていちいち会話が長いだけに思える。日本人だから楽しみ切れない部分も多いかも知れないが、それにしても会話の撮り方も顔のアップ(バストショットも含めてだけど)の連続だから、単調なことこの上ない。最後に決着がつくところなんか3分で済みそうな話をダラダラやってる感じで、もし尺を取るならラミ・マレックなんかもっと役者としての「しどころ」を作ってあげるべきなんだけど、そうはなってない。なんかいろいろとやり切れてないのを、ただオフビート風味の会話で埋めようとした感じで、正直、退屈だった。この監督の映画を観るのは『スリー・キングス』(1999)以来で、それもあまり感心しなかったのだが、今回ほどでもなかったように思う。
でもお目当てのマーゴットはというと、やはり素晴らしい。登場は他の二人に比べて遅いのだが、それだけに出てくるなり画面を引き締めるのが凄い。後半のコート姿になってからは更に良く、ナゾの病院で銃を暴発させて思わず後ずさる短いカットなど、「ああ、やはり活劇が似合う女優さんだなあ」と思ってしまう。
また、脇役のアニャ・テイラー=ジョイは、一種の悪役ながら中身のない軽薄な感じが逆に人形的な美しさを際立たせてしまって良い。スピーチに向かうデ・ニーロのネクタイを締めてやるところなど、実に悪くて可愛い。俺なんぞ、この二人を観るだけで、入場料分以上の満足を得てしまうのだから、ちょろいものである。

『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』(2005)

書き下ろしです。

ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』を DVD で。いまやアメリカ映画界を代表する監督のひとりになったジェームズ・マンゴールドによるジョニー・キャッシュの伝記映画だ。
ジョニー・キャッシュといえば、エルヴィス・プレスリーや先頃亡くなったジェリー・リー・ルイス(※注1)と同じくサン・レコードのロックンロール・ムーブメントの立役者のひとりであり、その後はカントリー界の巨星となったシンガー。
コクのあるバーボン・ウィスキーのような歌声は、本作でも再現されるフォルサム刑務所のライブや、晩年のギター1本の純生アルバム「アメリカン・レコーディングス」などで堪能することができる。演じるはホアキン・フェニックスで、印象的な眼光でかなりこってりした芝居を見せる。
歌は吹き替えどころか先録りでさえなく、ホアキンがその場で歌っているのをそのまま撮って(録って)いるようで、これが生々しい凄みになっている。声がジョニーに似てるかというとそれほどでもなく、最初は「アレ?」と思ったりもするのだが、役として演じる上での歌でも芝居でもあると思えば、納得させられる。
それが最初にみごとな成果を見せるのは、サン・レコードでサム・フィリップス(※注2)を前に歌うオーディション・シーンで、真剣勝負の緊張感が伝わってくる。またその後、何度か演じられるヒロインのジューン・カーター(※注3)とのデュエットは、ラブ・シーンのようにもラブ・トラブルのシーンのようにも見えて、それらが積み重なってこそ、最後の決定的なデュエットに感動させられるわけだ。
自分は劇映画とは俳優の芝居のドキュメンタリーであるとも思っているので、こうした歌唱の扱い方は大いに納得がいったし、刺激的だった。
映画は前半を少し過ぎたあたりから「歌手になった俺が推しに本気で惚れちゃって大変なんだが」というお話になる。ジューン・カーターはジョニーが無名の田舎の少年だった頃からの憧れで、会ってみると本当に魅力的で、合同ツアーで四六時中一緒なもんだから、恋狂いになってしまう。
自分勝手な情熱でジューンに迫る感じは、漫画『バタアシ金魚』のカオルくんを既婚者にして麻薬もやらせるぐらいのとんでもなさ。事実に基づいたヘビーなラブ・ストーリーとなっている。さらにはジョニーが幼い頃に兄を亡くすのが原罪的な喪失感として、人物像に深い翳りを与えている。
リース・ウィザースプーンのジューンは、強さと傷つきやすさ、苦労人らしさと少女らしさ、舞台度胸とコンプレックス…という多面的な人間像を感じさせて素晴らしく、アカデミー主演女優賞も納得の出来栄え。出てきたときから、出世作キューティ・ブロンド』(2001)を上回る俳優としての「格」を感じさせる。
彼女が絡むシーンに良いのが多く、先述のように数々のデュエットもだが、舞台袖でジョニーのギターにドレスの飾りが引っかかるところ、後半のトラクターのくだりなども、素晴らしい。
映画を観たあとでジョニー・キャッシュのアルバムを聴くと、何となく、知っているひとの音楽に触れている気がするのではないだろうか。それぐらい、観ているだけで人間性に迫った気になれる映画なのだ。

注1:本作でジェリー・リー・ルイスを演じるウェイロン・ペインは、印象的な好演。

注2:『エルヴィス』(22)では殆ど触れられてないこの伝説的な名プロデューサー/レコード・レーベル・オーナーを、短いながらもしっかり描いてるのが嬉しい。演じるのはダラス・ロバーツ。

注3:有名なカントリー・グループ "カーター・ファミリー" の一員としてデビューした女性歌手で、ジョニーの二度目の妻となり、数多くのデュエットでのレコーディングを残している。Amazon Prime Music や Apple Music では結婚前の二人名義のアルバム「Carryin' On With Johnny Cashu And June Carter」を聴くことができる。映画内でも歌われるボブ・ディランの『悲しきベイブ』が収録されている。

Amazon Prime Video で観る


ウォーク・ザ・ライン/君につづく道 (字幕版)

空飛ぶリチャード・タルマッジ

Facebook に 2020/ 6/ 6 に投稿した記事に手を加えたものです。

YouTubeリチャード・タルマッジのスタント集があった。
自分もよく知らないひとだったが、1892年ドイツの曲芸団に生まれ、1910年代よりハリウッドでダグラス・フェアバンクスのスタントとして活躍。20年代より役者として主演作でアクションを披露。自身のプロダクションも設立。トーキー後も数本の主演作を発表したが、間もなく役者としては第一線からは退く。その後は監督・第二班監督・スタントコーディネーターとして活動を続けた。人望があったんだろう。
なんで今回、このひとを調べることになったかというと、もともとは第二班監督として参加していた1967年版『007 カジノロワイヤル』のクライマックスのドタバタを、このひとがノン・クレジットで演出してると知ったから。当時75歳であれだけの人数が入れ乱れるシーンをビシバシさばいたかと思うと、なかなか頼もしい。だいたいあの映画はあのクライマックスでようやくまとまった感があり、プロデューサーのチャールズ・フェルドマンも最後の拠り所と泣きついたんじゃないか。自身もサイレント映画のドタバタ・コメディに登場するような警官役(いわゆる "キーストン・コップ")でちらりと出演している。
それにしてもスタント集は宙を舞う凄いアクションで、キートンにも比肩するほどだ。主演作の多くがソビエトで配給され、人気だったという。こういうひとも忘れないようにしないとな。また「スタントマン出身の監督」というお題であれこれ考えるのも、面白いかもしれない。