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『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』(2005)

書き下ろしです。

ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』を DVD で。いまやアメリカ映画界を代表する監督のひとりになったジェームズ・マンゴールドによるジョニー・キャッシュの伝記映画だ。
ジョニー・キャッシュといえば、エルヴィス・プレスリーや先頃亡くなったジェリー・リー・ルイス(※注1)と同じくサン・レコードのロックンロール・ムーブメントの立役者のひとりであり、その後はカントリー界の巨星となったシンガー。
コクのあるバーボン・ウィスキーのような歌声は、本作でも再現されるフォルサム刑務所のライブや、晩年のギター1本の純生アルバム「アメリカン・レコーディングス」などで堪能することができる。演じるはホアキン・フェニックスで、印象的な眼光でかなりこってりした芝居を見せる。
歌は吹き替えどころか先録りでさえなく、ホアキンがその場で歌っているのをそのまま撮って(録って)いるようで、これが生々しい凄みになっている。声がジョニーに似てるかというとそれほどでもなく、最初は「アレ?」と思ったりもするのだが、役として演じる上での歌でも芝居でもあると思えば、納得させられる。
それが最初にみごとな成果を見せるのは、サン・レコードでサム・フィリップス(※注2)を前に歌うオーディション・シーンで、真剣勝負の緊張感が伝わってくる。またその後、何度か演じられるヒロインのジューン・カーター(※注3)とのデュエットは、ラブ・シーンのようにもラブ・トラブルのシーンのようにも見えて、それらが積み重なってこそ、最後の決定的なデュエットに感動させられるわけだ。
自分は劇映画とは俳優の芝居のドキュメンタリーであるとも思っているので、こうした歌唱の扱い方は大いに納得がいったし、刺激的だった。
映画は前半を少し過ぎたあたりから「歌手になった俺が推しに本気で惚れちゃって大変なんだが」というお話になる。ジューン・カーターはジョニーが無名の田舎の少年だった頃からの憧れで、会ってみると本当に魅力的で、合同ツアーで四六時中一緒なもんだから、恋狂いになってしまう。
自分勝手な情熱でジューンに迫る感じは、漫画『バタアシ金魚』のカオルくんを既婚者にして麻薬もやらせるぐらいのとんでもなさ。事実に基づいたヘビーなラブ・ストーリーとなっている。さらにはジョニーが幼い頃に兄を亡くすのが原罪的な喪失感として、人物像に深い翳りを与えている。
リース・ウィザースプーンのジューンは、強さと傷つきやすさ、苦労人らしさと少女らしさ、舞台度胸とコンプレックス…という多面的な人間像を感じさせて素晴らしく、アカデミー主演女優賞も納得の出来栄え。出てきたときから、出世作キューティ・ブロンド』(2001)を上回る俳優としての「格」を感じさせる。
彼女が絡むシーンに良いのが多く、先述のように数々のデュエットもだが、舞台袖でジョニーのギターにドレスの飾りが引っかかるところ、後半のトラクターのくだりなども、素晴らしい。
映画を観たあとでジョニー・キャッシュのアルバムを聴くと、何となく、知っているひとの音楽に触れている気がするのではないだろうか。それぐらい、観ているだけで人間性に迫った気になれる映画なのだ。

注1:本作でジェリー・リー・ルイスを演じるウェイロン・ペインは、印象的な好演。

注2:『エルヴィス』(22)では殆ど触れられてないこの伝説的な名プロデューサー/レコード・レーベル・オーナーを、短いながらもしっかり描いてるのが嬉しい。演じるのはダラス・ロバーツ。

注3:有名なカントリー・グループ "カーター・ファミリー" の一員としてデビューした女性歌手で、ジョニーの二度目の妻となり、数多くのデュエットでのレコーディングを残している。Amazon Prime Music や Apple Music では結婚前の二人名義のアルバム「Carryin' On With Johnny Cashu And June Carter」を聴くことができる。映画内でも歌われるボブ・ディランの『悲しきベイブ』が収録されている。

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ウォーク・ザ・ライン/君につづく道 (字幕版)