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映画『アルフィー』(1966)とバカラックの歌

書き下ろしです。

2023年2月8日、作曲家/映画音楽家バート・バカラックが94歳で亡くなった。老衰による自然死だという。
あまりにも多くの名曲を遺した天才だが、今日は本人の一番のお気に入りだった『アルフィー』について書く。

この歌、多くのひとは1966年のルイス・ギルバート監督、マイケル・ケイン主演の同名映画の主題歌という認識ではないだろうか。
実際、いま例えばアマプラ(Amazon Prime Video)で本作を観ると、最後にはシェールの歌声で堂々と流れるし。公開当時は、アカデミー主題歌賞にもノミネートされた。
だったらその認識で全然問題ないじゃないか…ということになるが、実は少々、複雑な事情があるのだ。

まず映画『アルフィー』の音楽担当はバカラックではない。モダン・ジャズのテナー・サックスの巨人、ソニー・ロリンズである。
このことは、IMDb の本作のスタッフ・キャストの紹介ページをチェックしても、ハッキリしている。本作の音楽アルバム(※注1)は、ロリンズ名義。作曲も全曲ロリンズで編曲はオリヴァー・ネルソン。ジャズとして素晴らしい内容の名盤だが、バカラックの歌の欠片も出てこない。
実はこれこそが本来の『アルフィー』の映画音楽の全てなのだ。
本作は英米合作で、公開はイギリスが1966年3月24日といちばん早かったのだが、そのときバカラックの歌は使用されなかったのだ。恐らくラストでもロリンズによる『アルフィーのテーマ』(これがまたいい曲なんだ)が流れたのではないかな。

この時点でバカラック(及び作詞のハル・デヴィッド)の『アルフィー』は、宣伝用のイメージソングであり、主題歌ではなかったのだ。言うならば、安田成美の歌った『風の谷のナウシカ』みたいなものだった(と言って通じるひとも少なくなってきてるか…)。
従っていまや数多くの歌手が異なるヴァージョンを出している『アルフィー』のオリジナルは、イギリス初公開の翌日にイメージソングとして発売された同国の女性歌手、シラ・ブラックのものということになる。
これはバカラック本人が編曲・指揮・ピアノを手がけ、プロデュースはジョージ・マーティンという立派なもので、アビー・ロード・スタジオの公式サイトでは録音資料の一部を見ることができる(※注2)。発売後、イギリス国内ではトップ10に入るヒットとなった。

一方、映画のアメリカ公開はイギリスに遅れること5ヶ月の8月24日。その間に配給のユナイテッド・アーティスツは、バカラックの歌を映画の主題歌にすることに決定。ただし、アメリカでは無名のシラに代わり、シェールに再録音させた。
あくまでもロリンズのジャズに統一させたかった監督は、歌は最後にだけ流すことで妥協。このアメリカ版が1967年の日本公開でも使われ、今でもアマプラで観られるわけだ。

以上のような経緯は調べないと分からないので、多くのひとがバカラックの『アルフィー』は同名映画の主題歌として書かれ、オリジナルの歌手はシェールだと思っているのも、無理からぬことだ。
しかし聴き比べてみると、ソニー・ボノがプロデュースしたド派手なアレンジのシェール版よりも、バカラック本人のきめ細やかなオーケストレーションによるシラ・ブラック版の方が、この歌のデリケートなメロディに相応しいと言わざるを得ないのではないか。
耳を傾けていると、バカラックが若き日にラヴェルの精妙なバレエ曲『ダフニスとクロエ』に夢中になったという話を、思い出してしまう。
なお、イギリスでの再公開時には、シラ・ブラック版が最後に流された。

映画自体にも触れよう。

内容は、ロンドンを舞台に主人公のアルフィーが次から次へと女遍歴を重ねる果てに、孤独に直面するというもの。
マイケル・ケインが実にハマり役で、どう考えてもヒドイ男なのだが、絶妙な感じで人間の弱さが透けて見えるために憎めないのだ(もっとも、主人公が許せないからこの映画が嫌い…というひともいるとは思う)。

映画のスタイルとしては、アルフィーがたびたび正面向いて観客に語り出すのが大きな特徴で、だからといって実験的な感じはなく、小洒落た印象におさまっている。
ウディ・アレンの『アニー・ホール』(77)で同じことするのは、本作にヒントを得たのかも知れない。感触が似ているのだ。
ギルバートの演出はかなり冴えていて、人物をうまく動かし、セリフ以上の心情を伝えてくれる。特に療養所での一連のシーンが良く、映画後半のシリアスな展開に気分をつなげていってくれる。
同監督が007で撮った3本(※注3)はシリーズの中でも高評価だと思うが、本作の充実度の前では幾分「やっつけ」だったようにも思われる。

ラスト近く、多くを失ってからのアルフィーが最初の方で関係を断った人妻に再会し、以前のような逢瀬の約束をしようとする。
ここで人妻がハッキリと断らないのに、何とも言えぬものがある。その方が、実は苦いのだ。断られた方がアルフィーは一新できる可能性があるのに、またズルズルと元の木阿弥…という印象が残る。
監督が、このドライさにはジャズで終わらせたかった気持ちも、分からんではない。
しかし歌が流れ、印象は変わってしまった。一観客としては、ここまでの大名曲ならそれでもいいんじゃないか…と思うが、監督はどうなんだろうね。その後も割り切れない気持ちが残ったんだろうか。

出演女性陣の中にまだ若いジェーン・アッシャーがいるのが嬉しい。当時はポール・マッカートニーと付き合っていて、後にスコリモフスキの大傑作『早春』(70)に出演した。IMDb で調べたら、70を超えたいまも美しい老女優として活躍を続けているようだ。
あと、本作は2004年にジュード・ロウ主演でリメイクされているが、そちらは未見。

注1:実はこのアルバム、映画でロリンズがイギリス人ミュージシャンと録音したスコアを、アメリカ人ミュージシャンと録音し直したもので、正確な意味でのサウンドトラック盤ではない。よく「オリジナル・サウンドトラック・スコア」と言われるたぐいのものである。

注2:録音資料はhttps://www.abbeyroad.com/news/abbey-road-90-the-story-of-cilla-black-recording-alfie-in-studio-one-3063で見ることができる。また、本記事投稿時には、YouTube で録音風景を収めた動画も観ることができた。https://youtu.be/glpIgnmKrZc

注3:『007は二度死ぬ』(67)『007 私を愛したスパイ』(77)『007 ムーンレイカー』(79)。

Amazon Prime Video で観る


アルフィー (字幕版)