鑑賞録やその他の記事

映画の青春『激怒』(2022)

Facebook に 2022/ 8/30 に投稿した記事に手を加えたものです。

激怒』を観る。
監督の高橋ヨシキと主演の川瀬陽太森田一人とプロデューサーを務め、いま自分周辺のSNSで最も応援されてる映画。だから正直、もしダメなら困ってしまうところだが、まず何よりもプロの大人たちが俺の知るかつての自主映画学生(の中でも「本気」だった連中)のように、一所懸命身体を張って映画を遊んでるのに嬉しくなった。例えば『狂い咲きサンダーロード』(1980)を同時代的に観たときの興奮と同質のものが沸いてくる。いつまでも若い人々の「映画の青春」が、ここにはあるのだ。
物語は、川瀬演じる暴力衝動を秘めた刑事が、町の平和を保つ浄化運動の恐ろしい正体に直面し、タイトル通りの「激怒」のクライマックスに向かうというもの。展開上の細かい疑問はいくつかあるし、もっとビックリさせたり膝を叩かせて欲しかったという思いもあるが。禍々しい雰囲気を保ちつつ人物に肉薄し続けようとするカメラに頼もしい「映画らしさ」を感じる。また、舞台となる架空の町を成立させるための美術や衣装にも気合が入っていて、スクリーン内の世界に身を浸す楽しみもある。準備は出来たぞ、血しぶきを見せてくれい!-という気持ちを作ってくれる。
自分も応援できる映画になってて、良かった。

公式サイト

ジョン・フォード『血涙の志士』(1928)

Facebook に 2022/ 8/14 に投稿した記事に手を加えたものです。

シネマヴェーラジョン・フォード特集、かつてフィルムセンターで観たはずの『血涙の志士』を全く覚えてないので、気になって観に行く。
するとこれが驚くべきオモシロ映画で、アイルランドの田舎町を舞台に、高橋洋感涙必至の禍々しい暖炉の幻想はあるわ、大迫力の草競馬の障害物競争はあるわ、縛り首の家と言われたゴシックな邸宅は焼け落ちるわで、なんで記憶に無いのだ俺は馬鹿かと反省しきり。主人公のヴィクター・マクラグレンが若いカップルを励ます暖かさはさすがフォードで、男の背を叩く仕草に痺れる。こういうのが味だよね。
強く印象に残るのが、アール・フォックスというひとが演じる悪役で、人間的な弱さからくる卑劣さ、悪どさが、実に説得力がある。このフォックスさん、傑作『四人の息子』(28)でも憎まれ役を引き受けていて、1940年代になってほとんど映画に出なくなってからも『荒野の決闘』(46)にノークレジットで賭博師役で顔を出しているらしい。本作では影となる悪の要素を存分に見せてくれる。
んで、このフォックスがアイルランド独立運動ゲリラの英雄たるマクラグレンを密告するのだが、逆にマクラグレンが独立運動の友人を密告するのが名作『男の敵』(35)なわけで。帰ってからアマプラで観ると、マクラグレンとフォックスは肉体的には全然異なるけど、酒に溺れる弱さが悪徳とつながる点で一致するのだった。

ジョン・フォード『モガンボ』(1953)『最敬礼』(29)

Facebook に 2022/ 8/ 2 に投稿した記事に手を加えたものです。

シネマヴェーラジョン・フォード特集、今日は『モガンボ』と『最敬礼』。いずれも初見。

『モガンボ』は、「腕と度胸の仕事師が、世間ずれしたタフな女といい雰囲気になるが、育ちのいい美人の登場に、釣り合わないと知りつつ惹かれていく」という西部劇にもありそうな話を、アフリカを舞台に繰り広げる。
クラーク・ゲーブルの主人公が男のフェロモンの塊のようで、その常人離れした存在感と、西部以上に生活感のない野生の環境が、神話のような象徴性・非現実感を映画にまとわせる。全体のタッチとしては熟練のフォード演出(ナイトシーンの男女の芝居づけのみごとさ!)と荒々しい現地の動物実写が混在しているのが、何とも言えぬ味わいだ。風景ショットも、その中を船が進んだりするのも美しい。
そして何より、タフな女を演じるエヴァ・ガードナーの素晴らしさ! さすがは今回の特集のメイン写真に起用されるだけある。檻の中の野生動物たちに軽率に「ハーイ♪」てな感じで声かけて回るところとか、「ああ、こういう女ってこうなんだよな」というリアリティがある。最初は怖がっていた大蛇を「もう、どいてよ!」とベッドから払い除けるのは笑わせるし、男たちが「ケリー(役名)は大した女だ」という意味で "Kelly is All Right" と何度も言うのは、フォードらしくていい。
何よりラストはびっくりするぐらい唐突に彼女が「持っていく」のだが、その唐突さも、直前の船が行く演出の間合いで、みごとに受け入れられるものとなっている。このあたりの巧さも凄い。フォードは天才だが、ちゃんと勉強になる。

もう一本の『最敬礼』は、(当時の)現代の兵隊もの。何かにつけて優秀な陸軍の兄と比べられがちな海軍の弟が、男を見せるまでのお話。フォードの長編トーキーとしては『黒時計聯隊』(29)に続く二作目だ。
『黒時計』が-フォードではなく舞台演出家が付け加えたシーンで-延々とセリフが続く退屈なものになっていたのに対し、さすがにもう少しのびのびとトーキーという新システムに取り組んでいる。ヒロインのピアノで戸外の海軍兵連中が合唱をするあたりは、早くも「歌わせる監督」フォードの面目躍如だ。とはいえ、トーキーごく初期の作品特有の(無声映画期に完成した)映画のリズムが見失われたような感じは、まだ少しある。ジョン・フォードが若い男どもの活気、無邪気さを描く-というだけで身を乗り出すファンなら、楽しめる映画ではあるのだが。
ワード・ボンドが、先日観た『モホークの太鼓』(39)よりさらに10年若く、主人公の先輩学生役をやっているのが見もの。ただし、それ以上に驚きなのはいくつかのシーンでボンドの隣にいる学生だ。これといった芝居のしどころも無いのだが、後のフォード映画の…いや、アメリカ映画の大スター。さて、誰でしょうか?

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モガンボ(字幕版)

ジョン・フォード『戦争と母性』(1933)『モホークの太鼓』(39)

Facebook に 2022/ 7/26 に投稿した記事に手を加えたものです。

シネマヴェーラジョン・フォード特集2本。いずれも初見。

戦争と母性』は、ヘンリエッタ・クロスマン扮する頑固な母親が、息子を溺愛するあまり自ら招いた悲劇と贖罪の物語。
砂利道に柵と家、向こうには畑と森という、グリフィス直系の田舎描写に陶然としてると、再度にわたる駅の別れのシーンの凄さに全身の毛が逆立つ。特に最初の方、1カット目の写真が IMDb にあるのを、見て欲しい。
写真へのリンク
これだけで「何かを待ってソワソワしてる感じ」が伝わってこないだろうか。フォードの次作『ドクター・ブル』(33)でも起用されたマリアン・ニクソンの見せ場として、文句なしの入り方だ。シーンの締め括りでは彼女のクローズアップになるのだが、言葉を失うほどの圧倒的な迫力だ。こんな別れの見せ方、こんなアップの使い方があるのか!
後半、フランス旅行になってからは、思わぬ展開に映画の自由さを思い知らされ、打ちのめされてしまう。異国の地で徐々に自由になっていくクロスマンの見事なこと! 帰国した後の締めくくりでは、犬に注目だ。

モホークの太鼓』は、ヘンリー・フォンダクローデット・コルベールという顔合わせによる独立戦争の時代を描く大河ドラマ。フォード初のカラー作品。
戦地に赴く夫フォンダを妻コルベールが追うように見送る一連は、最後の「これぞ」というロング・ショットに至るまで凄い。また、フォンダがひたすら韋駄天走りを見せるシーンには、現実離れした不思議な味わいがある。荒木飛呂彦は『スティール・ボール・ラン』のひたすら走るインディアンを描く前に、これを観ていたのだろうか。
苦労知らずのお嬢ちゃんからたくましい生活者へと成長するコルベールが魅力的。未亡人の女傑エドナ・メイ・オリヴァーがみごとなまでにフォード的人物を演じ、泣かせる。まだ若いワード・ボンドの活躍も御馳走だ。

ジョン・フォードおススメ10本

書き下ろしです。

本ブログのために自分の過去の Facebook を漁っていて、こんなのを見つけた。日付は2015年2月1日。

今日はジョン・フォードの誕生日なので、いま思いつく10本を挙げます。
三悪人』『長い灰色の線』『周遊する蒸気船』『アパッチ砦』『捜索者』『静かなる男』『四人の息子』『荒野の決闘』『わが谷は緑なりき』『黄色いリボン』

駅馬車』(1939)や『怒りの葡萄』(40)が入ってないことからも、ベストというつもりでもなかったんだろう。そのときの気分で選んだおススメ10本ということかな。このときは未見だった『幌馬車』(50)や『荒野の女たち』(65)『モガンボ』(53)を知ってしまった今は…いやいや、西部劇以外のフォードのひとつの傾向と言える軍記もの、特に海や島を舞台にしたのが入ってないぞ…なんて考え出すと、終わらなくなる。
それよりも、これはこれで間違いなく勧められる10本なわけだから、それぞれに短いコメントをつけてみるのもいいだろうと思った。

三悪人』(26)
フォード無声映画西部劇の大傑作。無声映画に疎いひとも、ぜひ観て欲しい。目の覚めるような見せ場と、西部男の心意気。タイトルは黒澤明の映画を思わすよね。実は物語には『七人の侍』(54)的要素もあるのだ。若き黒澤も夢中で観たんだろう。無声映画時代のフォード映画ではおなじみのJ・ファレル・マクドナルドの素晴らしさ!

長い灰色の線』(55)
子供心に「日曜洋画劇場」での淀川さんの名解説が残った一代記もの。老境にさしかからんとするフォードの伸びやかな語り口に微笑みながら観ていると、次第に物語は陰影を深める。病床の愛妻メリーが窓から若い兵士たちを見るところでじんわりきていると、ラストはもう涙腺決壊。思い出すだけでヤバい!

周遊する蒸気船』(35)
ウィル・ロジャーズ三部作の1本で、フォードの喜劇監督としての手腕を堪能し切ることのできる本当に楽しい映画。クライマックスの蒸気船レースでは、あの手この手で盛り上げてくれる。バートン・チャーチル演じる "ニュー・モーゼス" のおかしさ! ヒロインのアン・シャーリーも魅力的で、彼女に船の舵を任せるのが良いんだな。

アパッチ砦』(48)
ジョン・ウェインヘンリー・フォンダというフォード映画主役級の顔が揃った騎兵隊もの。この二人が対立するんだからドラマチックですよ。クライマックスの戦闘シーンの苦い悲劇は、フォードの翳りある個性。ラストは深く静かな感動が残る。一方、子役から成長したシャーリー・テンプルの溌溂とした魅力にも注目。

捜索者』(56)
この映画の最初と最後を語るのに「美しい」という言葉以外を探すのは難しいぐらい、本当に決定的に美しい孤高の名品。だがもちろん、鬼神と化したジョン・ウェインの復讐譚という通俗的な面白さもある。インディアン娘となってしまった姪のナタリー・ウッドを追い詰めたウェインが、最後には…ここは映像で観て欲しい。

静かなる男』(52)
アイルランドの自然の中で繰り広げられる祝祭のような映画で、「観る」というより「浴びる」といいたくなる。主演のジョン・ウェインもだが、モーリン・オハラが文句なしに素晴らしく、これにフォード的大男の代表、ヴィクター・マクラグレンが乱暴に絡むのだからたまらない。堂々たるラブ・シーンは『E.T.』(82)でも引用された。

四人の息子』(28)
第一次世界大戦を背景にヨーロッパの田舎町の母と息子たちの運命を描くフォードの無声映画の傑作のひとつで、情感あふれる語り口に涙にじむこと間違いなし。また当時のドイツ表現主義の影響を受けた映像は意欲的で、とても印象深い。郵便配達夫のユーモラスな描写も、いかにもフォードらしい。

荒野の決闘』(46)
有名なOK牧場の決闘を中心に名保安官ワイアット・アープの話を、ヘンリー・フォンダ主演で情緒的に描いた傑作。子供の頃にテレビで観て、アープがヒロインのクレメンタインと腕を組んで教会へと歩いていく、ただそれだけのシーンで感動したのは新鮮な体験だった。もちろん決闘シーンもしっかりと面白い。

わが谷は緑なりき』(41)
ウェールズの炭鉱町の家族の物語。『天空の城ラピュタ』(86)の炭鉱町は本作の影響下にあるのはまず間違いないだろう。宮崎駿監督が2014年のアカデミー賞で会って感動したというモーリン・オハラは、本作のヒロインのひとりなのだ。観終えた後は "How Green Was My Valley" と原題を口にするだけで胸が熱くなるだろう。

黄色いリボン』(49)
『アパッチ砦』と同じく騎兵隊ものだが、こちらはもっと明朗なカラー作品。老け役を演じるジョン・ウェインがまず良くて、最初の方の妻の墓参りシーンでもうグッときてしまう。一方、ベン・ジョンソンの派手な馬の乗りこなしには胸が躍る。何度も見返したくなる様々な魅力の詰まった傑作だ。

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黄色いリボン(字幕版)

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捜索者 (字幕版)

Amazon Prime Video で『荒野の決闘』を観る


荒野の決闘(字幕版)

 

ジョン・フォードと淀川さん

Facebook に 2017/ 3/ 8 に投稿した記事に手を加えたものです。

俺が生まれて初めて名前を覚えた映画監督は、たぶん、黒澤明でもヒッチコックでもなく、ジョン・フォードだ。
それは子供の頃に観ていた日曜洋画劇場で、『荒野の決闘』(1946)や『怒りの葡萄』(40)、『わが谷は緑なりき』(41)といったフォード作品をやった回に、淀川長治さんが「ジョン・フォード」という覚えやすい名をしつこいくらい口にしたからである。

そんな中で『長い灰色の線』(55)が放映されたときの話をしよう。
これはアメリカの陸軍士官学校の教官マーティ・マーの伝記をタイロン・パワー主演で映画化したもので、反米・反軍国主義の人でさえラストでは涙を禁じ得ないであろう物凄い傑作。「泣ける映画」というと『長い灰色の線』が、真っ先に頭に浮かぶほどだ。

前半で、学校にやってきたばかりの若きマーティが拳闘の授業の手伝いで、両手にいっぱいのグローブを抱えて廊下に出てきたとき。ツンとすました気の強そうな美しい娘と出会うシーンがある。
フォード映画の女神といっていいモーリン・オハラの演じるマーティの未来の妻、マリーだ。
野暮ったい男の城に大輪の花を見た思いのマーティはその場に立ち尽くし、マリーはマリーで見られていることを意識して動けなくなってしまう。
淀川さんは、映画が終わった後の解説で、このシーンに触れられた。

マーティの抱えたグローブのひとつが、ぽろりとマリーの前に転げ落ちる。
「…さあ、そのグローブを彼女はどうするか。皆さん、ご覧になりましたね。ポーンと、蹴飛ばしましたね!」
間があって、満面の笑みで
ジョン・フォード・タッチですねえ!」

映画を観る楽しみとは、こういうことだ。
最高の映画の先生による最高の生きた評論だった。

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長い灰色の線