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『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』(2019)

Facebook に 2022/ 5/ 4 に投稿した記事に手を加えたものです。

新宿で時間が余ったので適当な映画はないかと、シネマカリテで『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』を選択。還暦過ぎの自分には我らの時代の歌姫で、好感は持っているがファンというほどでもなく、映画も当時の映像に関係者インタビューを重ねるテレビ・スペシャル的なものだろうと高をくくって臨んだ。で、実際そんな作りだったのだが、これが意外にもかなり素晴らしかった。自分が観たこの手の音楽ドキュメンタリーの中では、ベストのひとつと言っていいものだろう。

まずリンダの半生自体がたいへん面白く、それを彩るその時々の歌声はもちろんビジュアル的な魅力も半端ない。リンダ・ロンシュタットというひとが、人生や時代環境を含めて、見事に映画向きの人物となっているのだ。タンバリンを叩く姿ひとつをとっても、実に生彩を放っている。そんな彼女を作り手が自我を抑えて職人的に描くことで、自然に愛と尊敬の念をにじみ出させている。ロブ・エプスタイン&ジェフリー・フリードマンの監督チームの節度ある匿名性が、気持ちいい "スター映画" を作り上げている。
何より素晴らしいのは、リンダ本人を含めインタビューに答える人々の人選と、その表情と口調から滲み出る熱い愛情だ。J.D.サウザーなんて、こんなに好感の持てる「元カレ」なんているかね。合同ツアーで毎日リンダの歌声が聞けたんだと嬉しそうに語るジャックソン・ブラウンも、イイヤツぶりを発揮している。頑固だが(それゆえ)愛すべき娘を語るようなプロデューサーやマネージャーの表情もいいし、音楽面で絶賛するのがライ・クーダーというのも嬉しい。
そしてリンダと同世代を戦った女たちの証言。ボニー・レイット、ドリー・バートン、カーラ・ボノフ。自作を自分のヴァージョンよりリンダの方がいいというカーラの言葉は、シンガーソングライターが当たり前の西海岸ロックの世界を、歌一本で生き抜いた力を語って余りある。そして(リンダ本人以外の)証言者の中で最も心に残るのは、今や美しい銀髪の女狐のようになったエミルー・ハリスだ。見ていて心の通じ合った友であることがひしひしと伝わる。最後の方でリンダのパーキンソン病が語られるとき、映画が大げさにならずに済むのは、エミルーの静かな涙があるからだ。
もちろんリンダ自身も証言者として映画に命を吹き込む。現代の彼女自身の声に混じり、時には往時のインタビューの映像や録音も引用される。だがぜんぜん違和感がないのは、昔も今もブレずに自分を貫いているからだ。映画はいまのリンダをも映し、間違いなくおばあちゃんなのだが、往時と比べてガッカリということはない。充分かわいいおばあちゃんだし、最後のアレはちょっとズルイぐらいにグッとくる。いや、たまらないですよ。

音楽映画が好きなひと、西海岸ロックが好きなひとは、必見と言っていいと思う。リンダなんて曲も自分で書かないし、顔が可愛いのも売れた要素でしょ?…なんて言ってるアナタこそ、観るべき映画ですよ。

www.lindaronstadtmovie.com