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安川有果『よだかの片想い』(2021)

Facebook 内に 2022/10/19 に投稿した記事をベースに書き下ろしたものです。

Dressing Up』(2012)も面白かった安川有果監督の久々の長編映画ということで『よだかの片想い』を観る。
松井玲奈扮する顔に痣のある主人公を題材にしたルポ本を「映画化したい」という監督が現れ、やがてふたりは男と女の関係になるのだが…というお話。物静かな雰囲気の内に生きる情熱を秘めた人物像を、松井が誠実に表現する。細い三角錐のようなコート姿が印象的だ。
安川演出は、自ら消化してきた映画体験を糧に手探り感をも武器にして物語を綴っていく中に独自の「タッチ」を感じさせ、今回も非常に手応えがある。主人公の本の表紙撮影シーンのロングの横移動、映画撮影シーン(※注)で視界に入ってきた女優が挨拶するところ、日本酒のうまい店のカウンターでのカット割、男の部屋で宮沢賢治全集を見つけるときの長回し…。観念的な言い方で恐縮だが、ひたすら自分の信じられる「映画」を見出そうとしているのを、気持ちよく受け入れられた。
中島歩演じる映画監督は、その職業のリアリティよりも、イケメンで自己中心的な芸術家というひとつの「キャラ」として見るべきもの。こいつが「惚れさせオーラ」を放ちながら図々しく迫り、好演なのだが、ひとによっては気持ち悪くて嫌かも知れない。自分は面白く見た(手を掴んで走り出すところとか、爆笑しそうになった)。主人公に、あなたが嫌なら映画制作を中止してもいい…という意味のことを言うのなど、そんな「監督」がいるかは別として、それに類したことを言う「男」の無責任-「ホントは中止しないくせに」ということも含めて-を、感じさせられる。ここの松井の怒り方が的確な演技だと思った。
その監督が作っていた映画については、完成されてから(もし中止やオクラになったのなら、そうなってから)は、あまり言及されない。これはもちろん、作り手が敢えてそうすることを選んだのだろうが、個人的には少しばかり残念だった。話の流れ上、難しいのだろうが、ならばなおさらやってみて欲しかった。また、全体にあと少し短く引き締まっていても良いのではないかとも、思った。
とはいえ最後まで興味深く観通すことができ、ラストなど、いつもの俺なら「甘くなっちゃったな」と思いそうなのだが、さわやかに感動してしまった。それは本作が「きちんと病んでる」映画だからで、その点にこそ、作り手の個性がにじみ出た成果がある。やはり面白い監督さんだと思ったし、次回作も観たくなった。
大学院の後輩役の青木柚が良い。本当に主人公のことが好きそうに見えた。

注:ふたつの撮影シーンがいずれも水平に広がりのある空間なのも面白く感じた。