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面白き脱力世界『にわのすなば GARDEN SANDBOX』(2022)

書き下ろしです。

ポレポレ東中野に黒川幸則監督作品『にわのすなば GARDEN SANDBOX』(22)を観に行く。
錆びたシャッターが目立つ陸の孤島のような町。仕事の面接に来た女主人公は、タウン誌の女編集長に「映像作家」と決めつけられ、嫌々ながらも、旧友の男編集員とリサーチのために歩き回ることになる。そこで出会う妙に癖の強い人々。事態が展開してるような停滞してるような、不思議な時間が流れていく…。
主人公を演じるカワシママリノの浮遊する白いクレヨンのような佇まいが本作の空気感を決定づけていて、新谷和輝演じる旧友編集員と棒読み風セリフを交わしながら歩き続ける引き気味カットの積み重ねから、まずは独自の脱力世界に観客を吸引する。逆に言えばここでノるキッカケをつかめなかったひとには、しんどいかも知れない。少なくとも自分はしっかり引き付けられたし、詩的というより少しとぼけた愛嬌のあるタッチを見出だせたのが良かった。傍若無人に鳴り続ける車の通過音が、地方都市の取り残され感を強調すると同時に、ちょうどよい「とりとめのなさ」を印象づける。
新谷と別れてからもふらふらと行く先で出会う人物は、多くの観客にはお初であろう役者さんたちから、ベテラン・中堅にいたるまで、全員が各々の呼吸で映画の空気を生きている。その画面の中での在り方が観ていて心地よく、例えばカワシマと村上由規乃が旧家の中を建築観察しながら出会うところや、西山真来が2階のカワシマに階段をのぼる途中で(首だけ2階に出た状態で)声をかけるところなど、良いものを見せてもらった気になる。映画評論家の遠山純生が演じる教師が、西部劇に出てくる牧師のような不吉さをサラリともたらすのも面白い。この教師には最後にもう一度-遠くから見ているだけでいいから-出てきて欲しかった気もする。
全体には三日間で、三日目は朝だけだから主に二日間のできごとを描いているのだが、この二日で歩く場所が大差ない。それはいいのだが反復の中での差異が映画に豊かさをもたらしたかというと、そこまでは行ってなかったようにも思う。とはいえウエディングドレスを着させられ切られるところや、落ちてくる布団、お試しスケボー、花火と音楽の夜など、おもしろき趣向をおもしろく見せ、新谷和輝と村上由規乃の関係の描き方も考えられている。手探りでの茫洋とした感じをキープしたまま、ちゃんと楽しめてしまえる映画になっていて、なかなかこうは作れないと思った。
遊びをせんとや生れけむ/戯れせんとや生れけん/遊ぶ子供の声聞けば/我が身さへこそゆるがるれ-『梁塵秘抄』の中の有名な歌だが、しみじみと「ゆるがるれ」してしまうようなひとにこそ、おススメしたい。オフビートといえばオフビートかもしれないが、このオフビートはオシャレではない。そこが逆にいい…と思ってるのだが。ごめんなさい、ここはちょっと自信がない。ひょっとしたらオシャレなのかも知れない。俺はオシャレじゃないので分からないのだ。もしオシャレなら、オシャレさんも観てね。