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オムニバス『偶然と想像』(2021)

Facebook に 2022/1/22 に投稿した記事に手を加えたものです。

濱口竜介監督作『偶然と想像』(21)。
土曜午後の Bunkamura ル・シネマはびっしり満席。三話のオムニバスで場所も登場人物も限られているのに充分面白く、文化的な客層を満足させるのは、まあ、並じゃない。いや、実際のところは特に文化的と自負してない人間にも、気軽に楽しめる短編集だろう。それでいて演出芸はしっかり「クセが強い」し、役者の顔は皆、印象に残る。

第一話は『寝ても覚めても』(18)とはまた別タイプの「男を不幸にする女」の物語。タクシー内の女どうしの会話と、事務所での男女の会話が、全く趣が異なるコントラストの面白さ。ありがちとも言えそうな物語を、人物描写だけで見せる実力。古川琴音の顔が実に濱口映画の世界になじむ。

第二話は「まいっちんぐ瀬川教授」とも言いたくなる艶笑コメディ(※注)。素直に好きです。狭い教授の部屋が、開閉する扉、ふたつの机、上着を脱いだ女のノースリーブ(首からネックレスを引き出すのも色っぽい)などの細部が重なり、豊かな劇的空間に変貌する。事件を持ち込むのは女だが、立ち上がって場を揺さぶるのは教授だ。甲斐翔真演じるヤリチンくんは、地獄のミサワのキャラっぽい。

第三話はアイデアは面白く、話の流れからふたりの女が互いのことを告白せざるを得なくなるのがドラマとなるのだが、うーん、ちょっと苦手な部分もあった。会話劇として「どうなるの、これ?」が、最初の二話ほど感じられないような。内面吐露による心のふれあいが良い話に落ち着いてしまうのに、俺個人が乗れないのかも。だから逆に、これがいちばん良さが分かりやすくて、好きなひともいるでしょうね。本物の彼女たちの不在(観たら分かります)は、スリリングで良かったです。

注:艶笑コメディといえば、欧州の映画にはこのジャンルのオムニバスがしばしば見られるが、本作は第二話により、それらとつながった気がする。一作、具体例を挙げればデ・シーカ監督の『昨日・今日・明日』(1963)。アカデミー外国語映画賞を受賞したということでは、濱口監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021)の方と共通するのだが…。